なぜトイプードルはレトリバーより長生きか…同じ種なら小さい方が長寿命、ヒトでも?「サイズと老化」の先端研究
■ 遺伝子の謎、mTORで長生きできる可能性 マウスの実験では、成長ホルモンに関する遺伝子を壊すと寿命が延びた。あるいはIGF-1やmTORに関わる遺伝子を壊しても、同様の結果が得られている。この事実は何を意味するのか。 「生物には、成長ホルモンに関する遺伝子、IGF-1やmTORに関する遺伝子は、いずれも最初から備わっています。それを破壊すると寿命が延びる。つまりすべての遺伝子が、必ずしも寿命を延ばすためにあるのではない、ということです。遺伝子のテーマは寿命ではなく、むしろ繁殖、ということかもしれません」 早く成長して、早い間に子どもをたくさん産みさえすれば、つまり遺伝子を次世代に引き継いでしまえば、その個体は遺伝子にとってもはや“用なし”ともいえる。この考え方が、ヒトにも当てはまるかどうか現時点では分かっていない。 ただヒトの寿命を延ばすために、いま大きく期待されている物質がある。それが、成長に関わる3つの要素の1つ、mTORだ。 「mTORを抑える薬があります。ラパマイシンと呼ばれる、腎臓がんや血管の病気の治療薬であり、臓器移植の際の免疫抑制剤としても使われている薬です。すでに薬として使われているので重大な副作用などはありません。このラパマイシンをマウスに投与すると、寿命を延ばせたと報告する論文が、2009年にNatureに発表されました*2 」「私の研究でも、高齢のマウスで短期間だけラパマイシンを投与しても、寿命が大きく延びることを報告しました*3 。若いころから毎日摂取しなければ長生きできないとなると難しいですが、高齢になってから短期間で効果が得られるなら、試してみたいと思う人も増えるのではないでしょうか。ラパマイシンは、イヌに投与しても抗老化の効果が小さい規模では得られていて、現在、規模を拡張して試験が進行しています」 とはいえ、現時点で、抗老化薬としてラパマイシンが認可されているわけではない。そもそも老化は薬の対象外であり、仮にヒトで抗老化効果が示されても、法律上薬とはならないのだ。薬になれない現状では、大規模な抗老化試験を行うシステムがなく、老化の評価には時間とお金がかかるため、長生き薬の誕生のためには多くの障壁がある。 もちろん製薬メーカーなどは抗老化薬としての開発に取り組んでいて治験も行われているという。それでも米国などではイヌ投与試験に加えて、一部の有志が個人で飲んで自分のデータを集めるといった動きが広まりつつある。いずれ抗老化薬ラパマイシンが市販される日が来るのかもしれない。 けれども、それを待たなくとも、成長や繁殖と老化のトレードオフが明らかになっているのだから、現時点でも老化を遅らせるための対策はあるはずだ。 「多くの生物でカロリー制限すると寿命が延びるのは明らかになっています。ビタミンなど不可欠な栄養素は必要量を摂取しつつカロリーを抑える、つまり成長を遅らせるのです。カロリー制限により、栄養で活性化するmTORの活性が落ちます。だから腹八分目を守り、肥満を避ける。すなわち食べ過ぎず大きくならない努力も、イヌやヒトの寿命延長には良いといえるでしょう」 「ただし、ヒトのカロリー制限試験では、多くのヒトが続けられずに脱落してしまうことも分かっています。イヌでは、1日1食の方が2食以上よりも認知症リスクが下がるなど、生涯の健康率が高いとの報告もあります。去勢も長生きの確率を上げますが、飼い主さんの価値観を踏まえ、慎重な決断が望まれます」 かつてリチャード・ドーキンスはその著書『利己的な遺伝子』の中で「生物は遺伝子の乗り物」と語った。だとすれば、遺伝子に対して「まだ乗り捨ててはだめだ」と思わせるのが、寿命延ばすためにヒトが取り得る戦略なのかもしれない。 *2:Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous mice *3:Transient rapamycin treatment can increase lifespan and healthspan in middle-aged mice
竹林 篤実