村上春樹『風の歌を聴け』群像新人文学賞受賞式の思い出「VANジャケットのオリーブグリーンの三つボタンのコットンスーツで…思い出すと懐かしいです」
作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。11月24日(日)の放送は「村上RADIO~村上の世間話5~」をオンエア。好評の「村上の世間話」シリーズは、村上さんが何気ない日常の中で体験したエピソードを、村上DJが選曲したグッドミュージックとともにお届け。 この記事では、群像新人文学賞受賞式のエピソードを語ったパートを紹介します。
◆Fats Domino「Jambalaya」
ファッツ・ドミノの歌で聴いてください。「ジャンバラヤ」 <世間話③> 当時、VAN99ホールっていうこぢんまりした劇場が青山通りにありました。服飾メーカーのVANジャケットが所有するビルの中にあって、座席数99、料金99円というずいぶんユニークなホールでした。落語だとか、小さな音楽コンサートだとか、いろんな興味深い催し物をやっていました。 僕は29歳のときにふと思いついて『風の歌を聴け』という小説を書いて、それがたまたま「群像」という文芸誌の新人賞を受賞して、その授賞式に出ることになりました。正式な場だし、いちおう僕が受賞者なわけですから、スーツを着ていかなくちゃならないんですが、そんなもの持ってないから、何か買わなくちゃならない。で、ある日、青山通りを歩いていたら、そのVANのビルでバーゲンセールをやっていたんです。中に入ってみたら、なかなか素敵なオリーブグリーンのコットンスーツを売っていました。試着してみたらサイズもぴったりで、値段も安かったので、それを買って、淡い黄色のボタンダウン・シャツに、黒のニットタイを合わせました。当時はそういう正統的アイビー・スタイルがまだしっかり流行っていたんです。でも靴までは予算がまわらず、普段履きのケッズだかコンバースだかのスニーカーを履いていきました。VANジャケットの、オリーブグリーンの三つ釦(ボタン)のコットンスーツ……思い出すと懐かしいです。記念にとっておけばよかったんだけどね、どこかに行っちまいました。 (TOKYO FM「村上RADIO~村上の世間話5~」2024年11月24日(日)放送より)