ラグビーW杯“前哨戦”で日本が格上フィジーに勝った理由と意義
ラグビーのワールドカップ日本大会を55日後に控え“前哨戦”となるパシフィック・ネーションズカップ(PNC)の初戦が27日、岩手・釜石鵜住居復興スタジアムで行われ、世界ランク11位の日本代表はランクでは格上9位のフィジー代表を34―21で下し、同カード約8年ぶりの白星を挙げ、通算対戦成績を4勝14敗とした。 釜石市の最高気温は33度で湿度は93パーセント。日本代表は西からの強い日差しと熱波に苦しみながらも、首尾よくボールを保持。ラインアウトとスクラムを概ね安定させられたこともあり幻惑的な攻撃を繰り出すフィジー代表に1度もリードを許さなかった。 2016年秋就任のジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)は「ちゃんと意思決定を下し、最終的にフィジー代表に多くの圧力を与えられました」と、手ごたえを感じ取った。試合の中で支配できたのがエッジと呼ばれるグラウンド両端のスペースだ。 状況に応じて2人のフランカー、ナンバーエイト、フッカーが左右のエッジに2人ずつ散り、目の前の防御が薄いと見るやボールを呼び込んだ。代表候補群の「ウルフパック」が春の対外試合で実践した陣形を、この日も活用した。 象徴的だったのは、前半23分のトライシーンだ。 まずは自陣10メートル線付近右のラインアウトから、フッカーの堀江翔太がロングボールを投げる。捕球役と見られた選手の後ろからウイングの松島幸太朗が駆け込み、球をもらってハーフ線上まで進む。 スクラムハーフの茂野海人は、接点で圧力をかけられながらも何とかさばく。ここから日本代表は短いパスを用いて左中間の防御網を攻略。さらに左のエッジへ繋ぐと、その場へ先回りしていたフランカーの姫野和樹が22メートル線付近まで前進。その右横でプロップの稲垣啓太が接点を作ると、右に膨らんだ攻撃ラインが楕円球を求める。 右のエッジに立ったナンバーエイトのアマナキ・レレイ・マフィが、スピードに乗って防御を突き破る。タックルをされれば、さらに右へ逆手で球を振る。 それを受け取った堀江は、持ち前のフットワークで防御をかわす。ゴール前右ではサポートについていた松島、アウトサイドセンターのラファエレ ティモシーへと順にボールを繋ぐ。フィニッシュ。直後のゴール成功もあってスコアは22―7となった。 この日が誕生日だった姫野は、機能的な働きをこう振り返った。 「コミュニケーションが取れていました。(エッジにいた選手が)相手ディフェンスの状況を内側の味方に伝えられていたので相手の隙、相手の弱みを突けたんじゃないかと思います」 公式発表で「13135人」の観客は拍手喝采。日本代表にとって前向きな要素の多い80分だったが、前半33分から登場のリーチ マイケル主将は「しんどくなった時のコミュニケーション」といった課題も提示する。 突破したランナーを孤立させたり、相手キックオフの処理ミスで失点のきっかけを生んだりと、プレーの精度を見直せそうでもあった。 守っては鋭い出足のタックルでフィジー代表のエラーを誘いはしたが、「相手のミスに助けられたかもしれません」と言う選手もいた。フィジー代表は、この日までに、ニュージーランドの先住民系選抜であるマオリ・オールブラックスとホーム&アウェーで試合をしてきていた(1勝1敗)。さらに日本代表が2月から段階的にチームを練ってきたのに対し、フィジー代表は欧州のプロが他選手より遅れて隊列に合流している様子だ。 だから勝ったジョセフHCも「フィジー代表はこの前に2つの試合をしてきていて、日本に来たばかりで、その日本はとても暑かった。そこは考えなければいけない」としていた。 敗れたジョン・マッキーHCの言葉も、いかようにも解釈できそうだった。 「私たちは期待通りのプレーができませんでした。色々な所属先の選手がチームに集まってきていましたが、言い訳はできません」 一般論としてW杯直前に行われるゲームでは結果の持つ意味が比較的薄い。2015年のW杯イングランド大会では歴史的3勝を挙げたが、同年夏のPNCは4戦で1勝3敗。当時スタッフだった沢木敬介・前サントリー監督は「あの頃(PNC)はピークを持ってこない時期だった」。当時、続けていた猛練習で疲れていたうえ、W杯で使うのとは別なゲームプランを採用していた。PNCなどW杯直前期のテストマッチについて、沢木氏は別の場所でこう私見を述べた。 「負けたとしてもワールドカップに繋がるような設計はすごく大事になる」 しかし、現体制は成功体験を前向きに捉えている。6月上旬からの宮崎合宿では、練習量や身体的負荷が過去最高クラスだったと選手たちは証言。その代償で故障者が増えているが、これをジョセフHCは選手層拡大の機会と捉える。 本番仕様のゲームプランをどの程度まで実戦で試すかの塩梅については、「その辺は僕らがコントロールする部分ではないです。プランはスタッフが与えてくれて、それを僕らが100パーセント遂行するための準備をする」と稲垣。リーダー格でもあるこの人は、問いかけに応じる形でこうも言う。 「選手とスタッフの間のコミュニケーション、信頼関係は強くなっていると思いますし、僕らもスタッフの意図を理解できている。それと同時に、選手間の信頼関係も高まっている。一番そう感じたのは、宮崎にいた時ですね。きつい練習があると、どうしても自分にしか集中できなくなるもの。そんな状況で、どういう選手がどういう声を出せるのかがフォーカスされました」 W杯前の日本代表に残された実戦はあと3つ。8月3日には大阪・東大阪市花園ラグビー場で、トンガ代表とのPNC第2節がある。フィジー代表戦に続き、前売り券は完売。日本代表は、ファンの期待を背に悔いなき道を歩めるだろうか。 (文責・向風見也/ラグビーライター)