白昼堂々の暗殺に“レンガ詰め”遺体─バングラデシュ「強制失踪」の闇 ハシナ政権崩壊で被害の実態が明らかに
ハシナ政権の闇「鏡の家」
ハシナ前首相の失脚後、約1億7000万人を擁するバングラデシュには新たな未来を描く機会が与えられた。それがきっかけで、最悪の人権侵害が白日の下にさらされている。 かつて国民が望む民主化を体現する存在だったハシナは、やがて妄想と疑心暗鬼に囚われ、自分に反発する者を法執行機関に粛清させるようになった。その最も深い部分でおこなわれていたのが、「強制失踪」だ。何百人もがハシナ政権下で治安部隊に拉致され、跡形もなく姿を消した。 反体制集会を組織したり、抗議活動で道路を封鎖したり、ソーシャルメディアに反政府的な投稿をしたりといった、些細な政治行動によって標的にされる場合もあった。被害者の多くは殺害され、遺棄された。それ以外の人は、人目につかない軍の地下刑務所に閉じ込められ、絶望の淵に追いやられた。拘束は何年も続いたが、死には至らないよう徹底的に管理されていた。 この刑務所は、「鏡の家」というコードネームで呼ばれていた。 ハシナは政敵や反政府勢力の弾圧に、さまざまな治安部隊を動員した。そのひとつである「緊急行動部隊(RAB)」は対テロ部隊として発足したが、ハシナ政権下で人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチが「国産の暗殺部隊」と批判する組織に変貌を遂げた。 ハシナが率いていた前与党アワミ連盟(AL)の幹部がRABに報酬を支払い、ある政敵の抹殺を命じていたことが裁判資料によって明らかになっている。RABの隊員は白昼堂々と政敵の男を拉致すると、目撃者も全員取り押さえた。法廷証言によれば、7人に鎮静剤を投与して絞殺したという。さらに遺体の腹部に穴をあけて沈みやすくし、レンガの袋を縛り付けて川に遺棄した。 1週間後、遺体は川に浮かんだ状態で発見された。ハシナ政権の残虐性を明確に示した事件だと言える。 おじが2013年に失踪したタスニム・シプラは言う。 「私たちは、おじに何が起きたのか知りたいのです。まるで彼は、もともとこの世に存在していなかったかのように扱われています」(続く) なぜハシナ前首相は、政敵や無辜の市民を次々と粛清していったのか。後編では、その背景にある「建国の英雄」だった父の暗殺と、彼女の歓心を買うことで権力を保持しようとする軍内部の腐敗に迫る。