阿川佐和子「なんとなくズンバ」
ネット上には動画もたくさん紹介されていた。試しに一つ、初心者向けの映像を流してみると、明るいラテン系の音楽に合わせて、レギンスとノースリーブシャツ姿の女の人三人が楽しそうに大らかに身体を動かしている様子が出てきた。 しばらく見るうちに、一定のステップが繰り返されていることがわかった。それも、さほど複雑ではなさそうだ。ちょっと練習すれば、真似程度のことはできそうである。 と、そういう気にさせるのが、勧誘動画の優れたところであると承知しつつも、簡単に乗せられた。 最初はベッドに横たわった格好でスマホの動画を眺めていたので、肩を上下させて音楽に合わせるぐらいだったが、だんだん気分が盛り上がり、手振りを加えてみる。左右の腕を交互に上げたり下げたり、上で手を叩いたり、肩を回して肘を前に突き出したり。それらの繰り返し。 それだけでも案外な運動量。息が上がってきた。調子に乗った私はいつしかベッドから這い出して、スマホをそこらへんに置いて直立する。立った姿勢で右手を上げて、左手を上げて、同時に前後左右に足でステップを踏み……、と、それほど上手にはいかないが、でも踊っている実感は湧いてくる。 音楽はラテン独特の軽快さを保っているが、テンポはさほど速くない。少し速めの「どんぐりころころ」を口ずさんでも合うぐらいの調子である。さあ、右手を上げて、左手上げて、ステップ踏んで、ズンバ、ズンバ、ズンバ、ズンバ! 三分ほどやっただけで汗ばんできた。おお、これはいい運動になりそうだ。やったことはないけれど、エアロビクスよりずっと楽しそうな気がする。それほどにラテンの音楽は人の心を明るくさせるのだ。
常々、若い頃に戻りたいと思うことはほとんどないけれど、ダンスに関しては今の若い人や子供たちが羨ましい。私の子供の頃は、学校で踊るといえば、盆踊りかフォークダンスぐらいしかなかった。ところが今や、授業の中にダンスが組み込まれているという。 「数学の次はダンスだぞ」 そんな時間割になっていたらどれほど楽しかっただろう。上手に踊ろうとする以前に、恥ずかしいなどと躊躇する間もなく、自然に身も心も音楽に埋没させてみたい。小さい頃からそんな習慣をつけておけば、大人になって街中に出て、音楽を耳にしたとたん、見知らぬ者同士で同じようなステップを合わせながらさりげなく踊り出す。そんな時代になったらいいのになあ。 そんな私の夢を、ズンバは叶えてくれそうな予感がする。 かつて一時期、仕事の関係でフラメンコを習っていたことがある。それは楽しかった。足で床をタンタンと踏み鳴らすときの快感。男性とまったく身体を接触させないのに溢れ出るセクシー感。スタイルの良し悪しも年齢も関係ない。むしろおばあちゃんが踊るフラメンコの華麗さには胸打たれるほどだ。 「よし、生涯、フラメンコを続けるぞ」 そう決意したような覚えがあるが、結局、続けることができなかった。しかしズンバは違う。フィットネスクラブに習いに行かずとも、なんとなく我流で踊っても許されそうな気がする。あとは音楽だ。ラテン音楽を我が家に鳴り響かせよう。さすればいつでも踊れる。どうかしら? 亭主殿に提案したら、「あんまりうるさくしないでね」と釘を刺された。
阿川佐和子