埼玉・深谷で「映画と珈琲」を楽しむレトロ散策のすすめ 酒蔵建築や映画ロケ地で「時空を旅する」気分に
中に入ると、明るく白壁に覆われた心地よい空間が広がり、所々に蔵の柱が残っている。左手には市民スペースがあり、右奥には57席のシアタールーム。チケットカウンターをふと見上げると、そこに並ぶのは数々の映画関係者のサイン。 吉永小百合や故・樹木希林などのサインも目にすることができる。俳優らの言葉の数々からは、深谷シネマへの愛情がじわりと滲み出ている。 上映作品はスタッフによるチョイスと、顧客からのリクエストで成り立ち、メジャーなものから、単館系のものまで幅広く揃う。この日も朝から近所に住まう方が足を延ばし、思い思いの時間を過ごしていた。
見渡せば歴史のある建物と風景に、静寂に包まれた空間。穏やかな時が流れている。過ごせば過ごすほど時空を旅しているかと錯覚する。 ■映画文化と酒蔵建築を残したい思いが合致する 映画館が全国に多数存在していた頃。深谷市にも豊年座、ムサシノ館、電気館と3館が存在していた。しかし時代の変化とともに全て閉館し、市民が気軽に映画館へ足を運ぶことが難しくなった。 1999年、市内にミニシアターを作ろうと団体が立ち上がり、2002年に現在とは別の地に「深谷シネマ」が誕生した。七ツ梅酒造跡に移転したのは、2010年のこと。旧館は、区画整理事業にかかる場所にあり、移転を余儀なくされていたからだ。
そんなタイミングで見つけられたのがこの七ツ梅酒造跡だった。映画監督の山田洋次氏原作の作品のロケ地として探していたことがきっかけである。 「まるで廃墟のような雰囲気で気に入ったんです。空き家のままになっていた場所を私たちも生かしたかったから、ここに移転したいと思いました」と、深谷シネマを運営するNPO法人市民シアター・エフの理事長・小林真氏は話す。とはいえ移転は決して簡単なことではない。 「初めてこの地に来たときは、建物も崩れかかっていた。映画館となると座席や映写機、スクリーンなど重量のある設備が多いため、荷重に耐える建物として補強することが課題でした。