日本体操協会は大赤字にどう立ち向かったのか？ 「ポスト内村」時代の奮闘
かつて五輪の男子団体総合で5連覇の偉業を成し遂げ、近年は内村航平や現役の橋本大輝（セントラルスポーツ）がトップに君臨するなど世界に誇る競技力を持つ「体操ニッポン」。その総本山でもある日本体操協会が大赤字に苦しんでいる。2021年東京五輪後のスポンサー撤退や物価高などの影響を受け、2年続けて赤字に転落。さらなる財政悪化も懸念されたが、24年度はわずかながら黒字化できる見通しとなった。その「マジック」をどう起こしたのか―。（時事通信運動部 長谷部良太） 【ひと目でわかる】日本体操協会の年度別収支 ◆先行きの不安漏らした幹部も 22年度決算を承認した昨年6月の日本体操協会常務理事会で、藤田直志会長は静かな口調ながら厳しい言葉を幹部に投げ掛けた。「大きな赤字だ。私が会長に就任してからの2年間、収支に対する責任が全く果たされていない」。前年度に1億3000万円近い黒字だった協会は、約2億6500万円の大赤字を計上。日本オリンピック委員会（JOC）などからの交付金が想定より少なく、スポンサー収入も見通しを大きく下回ったのが要因だった。経常収益の約11億8700万円に対し、経常費用は約14億5200万円。総資産から負債を差し引いた正味財産期末残高は前年度比で約30％減の約6億3800万円となり、先行きへの不安を漏らす幹部もいた。 23年度の決算は今年6月にも承認される予定だが、予算の段階では1億6800万円ほどの赤字を見込んだ。赤字額は前年度分と合わせて4億円超。緊縮財政により経常費用の増加を最小限にとどめたものの、新たなスポンサー獲得や「ポスト内村」時代の集客面では苦戦が続いている。 ◆24年度は黒字転換へ そんな中、一転して希望の光が見えたのが今年3月の理事会だった。協会は約3700万円のプラスとなる24年度予算案を承認。大会を統合して開催するなど前例にとらわれない改革を断行し、経常費用を前年度比で4億円以上も低い約10億円に抑える「収支トントン」の予算を組んだ。 4月11～14日に行われた全日本体操個人総合選手権では早速、コスト削減へのさまざまな取り組みが始まった。中でも大きな効果を発揮しそうなのが、「業者任せ」だった発想からの脱却だ。これまで怠ってきた、業者の選定や大型機材の設置に相見積もりを取る基本を徹底。会場の照明や音響、カーペットなどの設置も協会職員自らが行った。少人数のため作業は早朝から深夜にまで及んだが、事務局長の守永直人氏は「業者さんに頼むと100万円単位でどんどんお金が出ていくが、やってみると自分たちでできることも多い」と手応えを語る。競技進行用の台本や大会パンフレット、大会用ビジュアルの制作といったソフト面も、あの手この手を使って何とか自前で準備した。 専務理事の西村賢二氏によると、昨年まで4000万～5000万円ほどかかっていた大会開催経費を今回は4000万円程度までに抑えることを目標にした。選手の安全面には細心の注意を払いつつも、5月のNHK杯も同程度の経費に抑えたいという。 抜本的な改革も行った。昨年まで五輪や世界選手権の代表選考会としても位置づけられた6月の全日本種目別選手権を今年はパリ五輪後の秋に移し、全日本団体選手権と同時開催することに。五輪代表選考方法の変更で影響を受ける選手も出そうだが、これで開催経費や人件費を大幅に抑えることができる見込みだ。 ◆男子選手の缶バッジ完売 さまざまな工夫で財政難を乗り越えようとしている体操協会。視線の先には、選手強化のさらなる充実や競技普及、ファン拡大といった次の課題解決も見据えている。体操では1970年台に始まった大会を引き継いだ豊田国際が2007年から行われ、国内外のトップ選手たちが参加してきた。だが、新型コロナウイルス禍の20年に中止され、赤字体質もあってそのまま打ち切りに。「今の取り組みが成功して安く大会を開くことができれば、国際大会も誘致しやすくなる。それは選手強化だけでなく、国際審判の育成にもつながる」と守永氏はもくろむ。 集客面でも「伸びしろ」は大きい。群馬・高崎アリーナで開催された全日本個人総合選手権は、予選が観戦無料だったにもかかわらず空席が目立ち、藤田会長によると決勝も3分の1ほどしかチケットが売れなかった。経費削減と同時並行で集客アップにも全力投球するのは容易ではないものの、陰では大会の魅力を高めるための努力が続けられている。選手が入場する際は会場を暗転し、スモークの中で登場。その際、地元体操クラブの子どもたちが選手をエスコートした。決勝後は橋本大輝や宮田笙子（順大）らエースを含む出場者が場内を回る「ありがとうラン」で観客に感謝を伝えた。関係者が「1週間前に思いついた」と急きょ準備したのが、オリジナルのカプセルトイ。中身は選手の写真が入った1個300円の缶バッジで、男子の分は完売するほど人気だった。 ◆会長自ら会場で作業 昨年、協会に新設された「大会プロモーション委員会」のメンバーとして現場を取りまとめた明名亜希子さんは言う。「今回の演出はOB、OGの方々から好評だった。まだまだ人手不足だけど大きなミスなく運営できたし、自分たちでもやればできるんだと思った」。明名さんは選手として1999年世界選手権に出場。現役引退後は米国で指導法を学び、宮田を含む多くの選手の指導を行うなど現在も深く体操界に関わっている。米国や欧州では特に女子の人気が高く、英国で行われた昨年の世界選手権では米国のスター、シモーン・バイルスが出場する日は会場が熱気に包まれた。明名さんもそうした「お手本」を知っているだけに、改革への意欲に燃えている。「秋の全日本団体・種目別選手権はお祭り騒ぎのような空間にしたい。（フィギュアスケーターが得点を待つ）キス・アンド・クライを作ったり、賞金を出したり…。とにかく楽しい場所にしたい」 21年に就任した藤田会長も、現場にハッパをかけるだけではない。日本航空で副会長まで務めたビジネスマンは、成果が出なくとも連日のように自ら足を運んでスポンサーの獲得に奔走。今回の全日本個人総合選手権では開場の際に来場者を出迎え、パンフレットの手売りまで行った。全ての競技が終わった後はスーツから軽装に着替え、撤収作業に参加。首からタオルをかけ、「少しでもお役に立てればね」と精力的に机を片付けていた。 歩みはゆっくりかもしれない。それでも、体操協会は会長を先頭に職員が一丸となり、着実に前へ進んでいるように見える。
