これぞエースの証明! 2009年公式リーグ戦すべてでメインを任された棚橋弘至…カード編成から予想するG1優勝者(2)【週刊プロレス】
34回目を迎えた今年の「G1クライマックス」も佳境を迎えた。今年はNPB(日本プロ野球機構)のクライマックスシリーズ同様、リーグ戦トップ3以内ならトーナメントを勝ち抜いて優勝を狙えるシステム。新世代への期待が大きかったものの、残念ながら決勝トーナメント6つのイスを独占するには至らなかった。各ブロックのリーグ戦最終日を除いて試合順を含めたカードが発表されて開幕を迎えたわけだが、各大会それぞれメインには選手個人への期待であったり、対戦そのものへの見どころが込められたものだった。公式戦メインと優勝とは関係があるのか。過去34回の「G1クライマックス」を振り返って、その点を探ってみた。 【写真】2014年、棚橋弘至と柴田勝頼が歴史的握手で遺恨清算
記念すべき第1回では、闘魂三銃士が最終日の主役となり表彰台を独占。だがリーグ戦では蝶野正洋、武藤敬司、橋本真也それぞれリーグ戦のメインは1回のみだった。最多は2回でベイダーが記録。日本陣営の優勝候補だった長州力はメインへの出場はなし。藤波辰爾が1回で、外国人勢のスコット・ノートン、クラッシャー・バンバン・ビガロもメイン登場はなしだった。 トーナメントで開催された4回(1992年、1993年、1997年、1998年)を除いて、リーグ戦最多メインの選手が優勝を飾ったのは94年の蝶野、95年の武藤(3回)、2003年の天山広吉(3回)、2014年のオカダ・カズチカ(5回)、2015年の棚橋弘至(7回)、2021年のオカダ(7回)の6回のみ。 ただでさえ過酷なシリーズといわれる「G1クライマックス」。リーグ戦で数多くメインを務めるとなると、それだけ消耗度も激しいのだろう。優勝確率は.207。ちなみに最多メインでの準優勝は、優勝者を上回る7回。逆にリーグ戦で一度もメインを務めず優勝したのは、2002年の蝶野のみとなる。 新日本プロレスの看板シリーズである「G1」だけに、リーグ戦であってもメインを譲ることはなかったと思われがちだが、唯一、メインを明け渡したのが2008年6日目(両国国技館)。同大会にはTNAから特別参戦したアート・アングル、AJスタイルズに敬意を表し、中邑真輔、棚橋を交えたタッグマッチがメインで組まれたのだ。ちなみに同年は、優勝決定戦で真壁刀義を破った後藤洋央紀が初優勝を飾っている。 翌2009年の「G1」では、棚橋が開幕から大森隆男、ジャイアント・バーナード、矢野通、真壁刀義相手に4戦連続でメインを務めた。メインを外れたのは試合が組まれなかった5日目(後楽園ホール)のみだから、公式戦すべてでメインを任されたことになる。 結果、Aブロック1位で通過しながらも、コイントスで組み合わせが決定した準決勝で中邑に敗れて優勝には手が届かず。真壁刀義がその中邑を下して優勝を果たしている。 また棚橋は2011年、2012年、2013年と「G1」公式戦でもダントツでメインを務めた。ちょうどオカダが台頭してきた時期と重なり、その3年で優勝はなく準優勝1回に終わっているが、エースとして新日本プロレスを牽引してきた証明ともいえる記録だ。 2015年でも棚橋は、前年にオカダに奪われた最多メインの記録を奪還。さらに中邑を破って2度目の優勝を飾っている。 さて今年の「G1」では、リーグ戦最終戦を含めてAブロックで内藤哲也が、Bブロックで辻陽太がそれぞれ5回で最多メインを記録。それに続くのがAブロックでは鷹木信悟(4回)、Bブロックではデビッド・フィンレー(3回)。どのような結末が待ち受けているのか……。 橋爪哲也
週刊プロレス編集部