森に飲み込まれた家が『住んでくれよ』と訴えてきた 見事に生まれ変わった築74年の祖父母の日本家屋 建築家と文筆家の夫妻が目指した心地いい暮らしとは?
素晴らしい改修、築74年の家が喜んでいる!
雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、静岡県島田市の田んぼの隣に立つ日本家屋。長らく放置されていたこの家が、建築家と文筆家のご夫婦の手により生まれ変わった! ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。 【写真30枚】これが森に飲み込まれようとしていた誰も住まない築74年の家だったとは思えない! 素敵な空間に思わずため息が出る!! ◆家が『住んでくれよ』と訴えてきた…… 建築家の町秋人さん(39歳)と文筆家の紗耶香さん夫妻が、2人の子供と暮らす静岡県島田市の家。右頁の写真は、この家のメインのスペースとなるダイニング・キッチンだ。天井高は5m近くあり、ガラス窓の向こうに庭が広がっている。向かって右手の壁には大きな木製のオリジナルのキッチンカウンターがあり、左手の棚には吟味された調理道具や食器が並んでいる。レンガの床にはウールの絨毯が敷かれ、寒い時期に活躍する薪ストーブも。そしてダイニング・セットは、少量生産の作家モノである。実はこの家、築74年の祖父母の家を改修したというから驚きだ。 町邸が建つのは、工場に店舗、住宅に田畑などが混在する駅に近いエリア。ここから少しクルマを走らせた茶畑の丘からは、青々とした山の間から流れてきた大井川が作る、自然豊かでダイナミックな景色が楽しめる。そんな島田市は木材産業の歴史が長く、町さんの実家も兄で4代目の製材業。祖父母の家は、家業の事務所や倉庫がある敷地の一角に建っていたが、会社ともども35年前に移転している。以来この家は、長いこと放置されていた。 そんな製材所の事務所を、町さんが独立して建築事務所として使い始めたのは7年前のこと。市内の古い一軒家を借りて暮らしていた町さん夫妻は、祖父母の家に住むことを想像すらしていなかった。手入れがされていない家の周りは木々が伸び放題。街の中でここだけが木が鬱蒼と茂り、小さな森になっていた。 住み手のいなくなった家は傷みが早く、白アリの被害も。住むにしても、生活用品が残ったままの室内を片付けるだけで大変だ。それでも、祖父母の家を改修したのは、建築家として自身の思想が表現された空間になるから。そのうえ不思議な話だが、「家が『住んでくれよ』と訴えている」ような気がしたのだ。 このような経緯で改修した町邸は、なかなかユニーク。古い住宅を古民家風にしないで、現代の住宅の要素も上手く盛り込んでいる。また、ガラス窓の使い方が独特だ。壁の一部をガラスにして採光を確保するだけでなく、視線が抜ける設計になっている。なかでも印象的なのは、階段を上がって二階に着いた先の壁がガラス張りなこと。階下のダイニング・キッチンの様子がよく分かる。 「家族の姿が見えることで、お互いの距離がゆっくりと近づいていく」というのが、町さんの考えだ。 それにしても、細部にまでこだわった、町さん夫妻の美意識の高いこと。浴室の丸い風呂桶は信楽焼で、壁には常滑で焼いたオリジナルのタイルとヒノキが張られている。奥様の仕事部屋は、茶色の家具にマッチした、薄紫の絨毯。家にある調度品や道具は、相当に吟味して選んだものだ。なかには東京のデザインギャラリーにオーダーした逸品もあれば、近くの蚤の市で偶然手に入れたものもある。そうしたお宝を飾れるよう、一階の和室奥を開放し、ギャラリースペースに変更した。 そんな町さん夫妻のクルマ選びも、こだわり抜いたもの。町さんの愛車は、トヨタ・ランドクルーザー・プラドから乗り換えたトヨタ・ランドクルーザーJ70(1997年製)。スタイルが気に入っており、これまで人生で所有したのは、この2台のランクルのみ。「山林に分け入る時だけでなく、合板なども載せることができ、仕事の車としても重宝している」そうだ。大阪出身の奥様の帰省や、家族旅行もこのランクルなので、10年前にやってきた時は15万kmだった走行距離が、今や30万kmを超えている。 一方、奥さんが選んだのは、スバル・フォレスター・LLビーン仕様(2005年製)。子供の安全を考えて、5年前に少し大きいクルマに乗り換えた。選んだ基準は、「革の内装と木製のハンドル」。ボディ・カラーも、好みの緑である。 ◆らくちんが基本 美しいものにこだわる町さん夫妻だが、「家は、カフェやホテルのような、外部の居心地の良い場所とは違う」と奥様は話す。家を美しく保っておくのは本当に大変だ。家で大切なのは、「手軽、らくちん、便利」。このポリシーから、ダイニング・キッチンの床はレンガにした。普段の掃除が簡単なうえ、水回りの水滴を気にせず、炊事ができたり、洗濯物を庭に干したりできるのがメリット。見栄えが良いだけでなく、楽に生活できるよう町邸は考えられている。 そんな町さん夫妻は、日本の伝統文化をとても大切にしている。自分たちの田んぼがあり、収穫したその年の最初のお米は、まず神棚と床の間にお供えする。正月飾りも、収穫した稲穂で作ったもの。味噌や梅干しも、自分たちで手作りしている。 小学4年生と3年生の2人の男の子に個室は用意されておらず、眠るのは2階の大きな和室に布団を敷いて。家にテレビはなく、勉強するのはダイニングの丸テーブルだ。学校から帰ると捕まえた昆虫で遊び、週末は父親に連れられて釣りに出かけるのが楽しみだという。 築74年の祖父母の家を改修した町さん夫妻の家には、伝統的な田舎にも大量生産品が溢れる都会にもない、なんとも素敵なライフスタイルがあった。 文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー) 写真=田村浩章 ■建築家:町秋人(まちあきと) 1985年静岡県生まれ。京都精華大学デザイン学部建築分野卒業。大阪府から静岡県へUターンした後、静岡市を拠点に、静謐で美意識溢れる建築を手掛ける建築家、山田誠一氏の事務所で研鑽。独立後は、静岡県島田市を中心に、住宅(新築・改修)・商業施設(写真は「松葉畳店」)などを手掛ける。先ごろ、今回紹介した自邸がJIA東海住宅建築賞で優秀賞を受賞。今後の活躍が期待されている。 写真:RACHI SHINYA ■ジョースズキさんのYouTubeチャンネル、最高にお洒落なルームツアー「東京上手」! 雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を! ◆「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」の連載はENGINEWEBで! (ENGINE2024年12月号)
ENGINE編集部
【関連記事】
- 曲がっているとなぜ楽しい? 中も外も曲線だらけの三日月ハウスの謎 理想の建築を目指した建築家の素敵な自邸をのぞいてみた!
- どこまでが家でどこからが屋外なのか? まるで庭で暮らすような家 雑木林のある2000平米の敷地に建つ驚きの住まいとは?
- なんと家の真ん中に森がある! 自然を囲むように建てられた総延長80メートルの建築家の自邸 その驚きに満ちた室内とは?
- 売りに出されたフランク・ロイド・ライトの元で働いた建築家夫婦の自邸 大改修を経てこの秋から一般公開! POLA青山ビルディングの前庭に移築された昭和のモダン建築「土浦亀城邸」
- こんなスタイリッシュな空間でお酒が飲めるのは驚きだ! 往年の形で蘇った世界的デザイナー倉俣史朗の伝説のバー「コンブレ」が、静岡の町で今なお営業されている理由とは?