「デモや集会で見かける人々はごく普通」陰謀論にハマる理由に迫った直木賞作家・小川哲のサイコサスペンス小説の読みどころ(レビュー)
「ワン、ツー、スリー、フォー、光の戦士!」「皆さんは光の戦士です」 これは、筆者が陰謀論関連のデモや集会で耳にしてきた言葉である。世界は闇の勢力によって支配されているが、覚醒者である光の戦士たちが集い、闇側を倒した暁には理想郷が実現し、人生が劇的に変わる……。大勢の人々を熱狂させる陰謀論が持つのはこんな構造だ。「光の戦士」などと聞くと奇異な印象を受ける人も多いだろう。 しかし筆者がデモや集会で見かける人々はごく普通だ。そんな人々が前述の物語から間違いなく生きがいを得ている。それは物語と一体化する充実感や、人生に意味を感じる瞬間だ。これが陰謀論だから奇異に見えるが、類似の構造は宗教や政治思想にも存在し、歴史の様々な場面で人々を熱狂させてきた。物語の中に自分を位置付けたいという欲求は、人類が根源的に持っているものなのだろう。 「陰謀論吹き荒れる、現代の黙示録」と銘打たれた本書『スメラミシング』には、陰謀論運動を取材する側の我々も逃れられない欲求に関わる話が詰まっている。表題作「スメラミシング」では、物理空間では面識のなかった人々が陰謀論で繋がり、デモへと集っていく。これは現実に起きていることであり、恐らくオカルト雑誌の読者投稿欄で「前世の仲間」を探していた人たちがやりたかったことだ。 「物語との接続」は、配達業者が主人公の「密林の殯(もがり)」にも織り込まれている。天皇の棺を墓まで運ぶという特別な役目を担ってきた一族である主人公は、しかしその役目を拒否している。一方、そんな主人公が働く会社の課長は寂しいネット右翼で、彼の特殊な出自を知って気に入る。他人からすれば羨ましく思えるような役割も、本人には意義を感じられないこともあるのだから難しい。そんな主人公に父親はこう言う。「ほな、お前にとって他の何が意味あるっていうねん?」 意味。人生の意味。人生に意味が欲しい。自分の人生には意味がないのではないか。そう感じた時、我々は虚しさを覚える。物語はその虚しさを埋めてくれる。その代表例である宗教もまた、本書では「七十人の翻訳者たち」「神についての方程式」でテーマにされている。後者では宗教と物理理論を結合する言説が登場するが、類似の言説は実際に流行したことがあり、今でもその末裔と言える思想が存在している。普遍的で自動的な物理理論では満たされない何かを、宗教で埋めたいのだろう。我々が救いを求める物語は一種の幻だが、人にはそれが必要なのだ。様々な星に知的生命を発生させ、万物理論を完成させようと試みる宇宙人が登場する「啓蒙の光が~」では、思わぬ形でその意義が語られる。 こう書いてくると大きな何かとの繋がりが良いものに思えてくるが、それが自分の望むものとは限らない。人生を運命付ける計画が、自分の願いと相反するものだったら? 「ちょっとした奇跡」は主人公に残酷な選択を突き付ける。その後訪れる切ない奇跡で本書は幕を閉じる。あなたも是非本書を読み、自分の物語と向き合ってほしい。 [レビュアー]雨宮純(ライター) 協力:河出書房新社 河出書房新社 文藝 Book Bang編集部 新潮社
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