女王、警察官、魔女…エンタメ作品に欠かせない“圧倒的存在感”でアカデミー賞名誉賞にも輝いたアンジェラ・バセットの軌跡
俳優のアンジェラ・バセットが、日本でも6月から新シーズンが配信スタートしたアメリカ発ドラマ「9-1-1 LA救命最前線」でベテラン警察官を演じている。頻発する事件・事故に的確に対応するキャラクターを、強さをたたえたまなざしとともに体現して7シーズン目に突入した物語をけん引。俳優キャリア40年を迎えてなお走り続ける彼女の魅力をひもとく。(以下、ネタバレを含みます) 【写真】赤を差し色にした黒のパンツスーツ姿がゴージャスなアンジェラ・バセット ■名門大学の専門大学院で演劇を学んだ才女 1958年生まれのバセットは、イェール大学から大学院イェール・スクール・オブ・ドラマ(現デイヴィッド・ゲフィン演劇学校)に進み、修士号を取得した。同校の卒業生には、メリル・ストリープ、シガニー・ウィーバーらがいる名門だ。 卒業後に俳優としてのキャリアをスタート。「F/X 引き裂かれたトリック」(1986年)で映画デビューした後、テレビ映画やドラマへの出演が続いた中で、1992年の映画「マルコムX」ではデンゼル・ワシントン演じる黒人解放運動の指導者マルコムXの妻ベティ・シャバズ役で注目された。 ■歌手ティナ・ターナー役で快挙 翌年に公開された映画「TINA ティナ」で主演の座をつかみ、“ロックンロールの女王”と称された歌手ティナ・ターナーを熱演。私生活で夫からのDVに苦労した一方で、パワフルな歌声でファンを魅了する音楽の才能を開花させていく様子を丁寧に表現した。この演技で「第51回ゴールデングローブ賞」ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞を受賞。これはアフリカ系アメリカ人女優として初の快挙だった。さらに、「第66回アカデミー賞」主演女優賞にもノミネートされたが、こちらは惜しくも受賞とはならなかった。 バセットのキャリアにとって忘れられないであろう役のモデル、ティナ・ターナーが2023年に亡くなった際、自身のInstagramで追悼。その中でティナから「あなたは決して私のまねをしたわけではありません。代わりに、あなたは自分の魂の奥深くに到達し、あなたの内なるティナを見つけ、彼女を世界に示しました」という言葉を送られたと明かしている。誰もが知る人を演じる難しさがあるだろうが、まねに終わらずに、見る者の心を熱くする魂が確かに感じられた。学問としても身に付けた演技力、表現力で、1つの作品として魅力あるものにしたことがうかがえる。 ■多彩な役を見事に表現する実力派 類まれな演技力は、その後、多くの作品で発揮されていく。 4人のアフリカ系アメリカ人の女性が人生を見つめていく姿を描いた「ため息つかせて」(1995年)では、ホイットニー・ヒューストン演じる主人公の親友で、11年連れ添った夫から突然離婚を切り出される女性。話を聞いた直後、夫の私物を車に詰め込んで火をつけるというなかなかのワイルドさに驚かされるが、青天の霹靂ともいうべき出来事への不安感がにじんでいて、やがて1人の男性との出会いで変化していく様子を緩急ある演技で見せる。 ほか、映画だとメリル・ストリープと共演した「ミュージック・オブ・ハート」(2000年)で荒れた小学校の校長、「ミッション:インポッシブル フォールアウト」(2018年)でのCIA長官など。ドラマでは、3作目からレギュラー出演するアンソロジーシリーズ「アメリカン・ホラー・ストーリー」では、魔女の宿敵でブードゥー教の女司祭に扮(ふん)したシーズン3の「魔女団」(2013-2014年)と乳房が3つある両性具有の役だったシーズン4の「怪奇劇場」(2014-2015年)では優れたドラマに与えられる「プライムタイム・エミー賞」(リミテッド・シリーズ/テレビ映画)の助演女優賞候補にもなっている。 ヒューマンものから怪奇ものまで実にさまざまな役を表現する中で、印象に残るのがバセットのまなざしだ。時に怪しさを、またある時は高貴さや優しさ、はかなさを。役によってさまざまな表情をまなざしに宿している。 最近では、映画「ブラックパンサー」(2018年)の続編「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」(2022年)で先代国王の妻で、息子の死後に王座を継いだラモンダの心情が現われた瞳に引き付けられた。国を率いる使命を果たしつつも、娘がさらわれて「私は家族を全員なくした」と痛切な叫びを含めた演説は、瞳とせりふ回しにより痛いほどにその思いが伝わって来た。 同作で「第80回ゴールデングローブ賞」最優秀助演女優賞を獲得し、アカデミー賞助演女優賞も続くかと期待されたが、こちらは受賞ならず、ファンの間で落胆が広がった。 ただ、2024年1月に授賞式が開かれた、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーによる第14回ガバナーズ賞で栄誉あるアカデミー賞名誉賞に輝き、その実力が認められた。 ■強き警察官を演じるドラマの新シーズンがスタート 気高い女王に続いて、日本でバセットの演技を堪能できる新作がドラマ「9-1-1 LA救命最前線」だ。1998年にスタートしたシーズン1からバセットは主要キャラであるロサンゼルス市警の巡査部長アシーナ役で出演。 市民などから緊急通報ダイヤル「911」に寄せられた情報をもとに、事件や事故の現場にいち早く駆け付ける。事故で混乱する現場にいる人々を誘導し、事件を起こした犯人と対峙(たいじ)する。アシーナの優しさと強さを、バセットはまた瞳に宿す。市民だったら頼りたくなる雰囲気は、まさに当たり役だ。 6月5日から始まったシーズン7では、アシーナが結婚4年目を迎えた夫で、ロサンゼルス消防118分署の隊長ボビー(ピーター・クラウス)と新婚旅行として乗った豪華客船でテロに巻き込まれてしまうことに。ハラハラドキドキする展開の中で、実は子どものときからのトラウマが発覚するなど、アシーナの強さだけじゃない、人間味ある一面も浮かび上がらせている。 この時代、年齢や見た目のことを言うのはナンセンスだと承知の上で65歳とは思えないバセット。アクションもまだまだ期待できそうで、さらなる活躍が望めるはずだ。 「9-1-1 LA救命最前線」は、ディズニープラスのスターで全シリーズ配信中。独占配信中のシーズン7は、毎週水曜に1話ずつ最新話を更新(全10話)。 ◆文=ザテレビジョンドラマ部