ヨーロッパで止まない「反EU」の風 極右候補に僅差の勝利、既存政治にノー
縁故主義の打破へ期待集めた新興政党
失業率でいえば、イタリアの現状はオーストリアやドイツの比ではない。今年8月の失業率が11.4パーセントで、同月のオーストリアの失業率が6.2パーセント、ドイツの失業率にいたっては4.2パーセント。その差は歴然だ。汚職の蔓延や若者がまともに働けない社会など、長年にわたって放置されてきた問題は多く、野放しの責任が中央政府に存在すると考える市民は少なくない。 イタリアでは若者の就職難が長年にわたって大きな社会問題となっている。欧州委員会内で様々な統計を担当する部局「ユーロスタット」が2012年秋に発表したデータでは、若年層(15歳から24歳まで)の失業率でイタリアが約35パーセントに達していたことが判明した。EU加盟国の中で、若年層の失業率が高かったのはギリシャとスペインのみで、ドイツにいたっては10パーセントを下回る結果となった。若者が仕事を見つけられない理由は各国によって異なるが、イタリアの場合は景気後退に加えて、ネポティズモ(縁故主義)が壁となって、高等教育を受けた若者でもコネなしでは希望する仕事に就くことが非常に困難な社会事情がある。英ガーディアン紙は2011年7月、母国に見切りをつけて、職を求めて国外に出たイタリアの若年成人が30万人程度と推定されると報じている。
イタリアで4日に行われた国民投票で大きな影響力を誇示したのが、新興政党「五つ星運動」の存在だ。6月にはイタリアで統一地方選挙が行われ、首都のローマでは反EUの姿勢を明確に打ち出した弁護士で、前ローマ市議会議員のビルジニア・ラッジ氏が市長選に当選。ローマ初となる女性市長が誕生した。ラッジ氏は2009年に誕生した五つ星運動に所属しており、北部の工業都市トリノでも同党所属の女性候補が市長選挙で勝利を収めている。ツイッターで200万人以上のフォロワーを持つコメディアンのベッペ・グリッロ氏によって作られた五つ星運動は、イタリア社会に現在も深く根付く汚職や縁故主義を一掃することを政策に掲げているが、同時にヨーロッパ統合に反対する「ユーロスケプティシズム(欧州懐疑主義)」のイタリアにおける旗手的存在でもある。 ローマで建築士として働くクリスティアーノ・リッパさんも、6月のローマ市長選挙でラッジ氏に投票した一人だ。 「数年の政治経験しかない人物が、ローマという町をうまくコントロールできるかは分かりません。ただ、汚職や縁故主義に対してはっきりと戦う姿勢を見せてくれたことに、有権者はわずかな希望を抱いたのだと思います。汚職や縁故主義はイタリア社会の隅々にまで蔓延しているので」 オーストリアの大統領選挙では、リベラル系として知られる緑の党出身のファン・デア・ベレン氏が勝利し、極右勢力の台頭を懸念する欧州各国は安堵感に包まれたという報道もあったが、果たしてそうなのだろうか? ファン・デア・ベレン氏が約51.7パーセントの票を獲得したが、自由党のホーファー党首も48.3パーセントの票を獲得している。つまり有権者の約半分はホーファー氏の掲げる政策に共感したということだ。極右とは真逆の位置にいるものの、イタリアでは五つ星運動の影響力が増大することが必至とみられており、反EUという点では各国の右翼政党と共通点を持つ。 来年はオランダ、フランス、ドイツでも選挙が行われ、新しいリーダーが選ばれる可能性があるが、EU支持派にとっては来年も薄氷の上を歩くような不安な日々が続きそうだ。
------------------------------ ■仲野博文(なかの・ひろふみ) ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト