頼清徳総統の対日認識は良好も政権内部に日台関係を支える人材は乏しい 李登輝世代に頼ってきた日本にも努力が必要
米ブルームバーグ・ニュースが5月22日に公表した世論調査では、ネバダなど7つの選挙激戦州で計4962人の有権者に聞いたところ、「暴力の発生」を危惧する回答が50%近くに上った。 仮に政治が混乱し、社会の分断が進めば、米国において「台湾有事」への関心は薄らぐことはあっても、高まることはあるまい。米国そのものの国力や国際的な影響力の低下も考えられ、その事態を中国やロシア、北朝鮮は「敵失」とみて、万歳三唱するだろう。 ■ なかなか決まらない台北駐日経済文化代表処の代表 2つ目の「外患」は、対日関係で有力な司令塔が見当たらないことだ。 日本は1945年まで、50年間にわたり台湾を自国領の一部として統治した歴史的な関わりがあり、台湾情勢の安定にいまなお重い責任がある。海域も接する隣人で、貿易や投資、技術交流などの経済関係、年間数百万人の日台往来など、切っても切れない深い関係がある。 ただ、頼清徳は就任から3週間を経ても、駐日大使に当たる台北駐日経済文化代表処の代表人事を決めかねている。蔡英文が新任総統となった2016年は、就任より3週間以上前に行政院長(首相)経験者の謝長廷を充てる人事を公表した。 京大大学院に留学経験のある謝長廷は、駐日代表8年の間に日台関係を一段と進展させた功績があり、双方で高く評価された。その後任は簡単には見つからない。加えて対日外交を取り仕切る司令塔になれそうな高位の政治人物も、見当たらない。 頼清徳は日本をどう見ているのか。
■ 日本語を話す李登輝世代に「おんぶに抱っこ」で甘えていた日本 筆者は2019年5月10日に都内で少数の有識者とともに会食したことがある。先祖代々、台湾で暮らす本省人の頼清徳は、かつての日本人の振る舞いや日本統治時代の教育、建設、社会制度などの功績を高く評価していた。 政治家としてリップサービスもときには必要だ。愛憎入り乱れた意識もあるだろう。ただ筆者と同年齢の頼清徳は日本に対する深い理解があり、家族のような感覚を抱かせた。昨年3月25日、台北での会議で会った際にも、感覚は変わらなかった。 もっとも、総統の対日認識が良好だとしても、政権内部に人材がいなければ、外交は進まない。こうした事態は日本側も似たり寄ったり。「台湾有事は日本有事だ」と喝破した親台湾派の元首相、安倍晋三が2年前に射殺されて以来、低迷の傾向にある。 日本で台湾との太いパイプを自力で築ける人物は、安倍晋三が最後だっただろう。その後、双方が陥った人材不足の根源は、台湾で戦前、日本教育を受け、日台関係を政治経済、人的交流まで支えた日本語世代の高齢化にある、と筆者は考えている。 実のところ戦後、日台関係の大半は、外交関係の有無にかかわらず、旧制台北高校から京都帝大に進んだ元総統の李登輝(1923~2020)に代表される日本語世代の包容力に頼ってきた。日本側は常に「甘えの構造」で、台湾側におんぶに抱っこだ。 新幹線技術で初の海外輸出先が台湾になるよう尽力し、日台政財界を結び付け、永田町で知らぬ人はいないと言われた彭栄次が昨年10月、88歳で逝去した。李登輝の側近であり、日米台の高官を水面下でつなぐ極秘任務も手掛けた最後の人物だった。 日本の政治家や財界人、民間交流も、古風で正確な日本語を話した台湾の日本語世代の助けなしに、十分な交渉は行えなかった。同時に台湾側も、戦後生まれの世代は、対日関係の大半を年配の日本語世代に任せて安心、という時代が長く続いた。 だが、台湾海峡の安全保障は風雲急を告げている。台湾有事抑止へ沖縄の在日米軍基地や後方支援を行う自衛隊の存在、台湾の陸海空3軍との連携、有事の際に日本を台湾民間人の避難先として機能させることの可否、など検討すべき事項は山積している。 頼清徳の側に、日本語も話せる優れた政治人材を求めるのは容易ではない。共通言語は英語でもいい。日本側は「甘え」を捨て、台湾との関係拡大に、台湾華語を縦横に操れる有能な人材育成を急がねばならない。李登輝の世代はもういないのだ。 「外患」その3は、軍事攻撃をめぐる「習近平の不確実性」だ。