なぜ虫は光に群がるのか、長年の謎をついに解明、自ら進んで「火に入る」わけではなかった
光を上向きに照らすと実に奇妙なことが起きた、最新研究
「飛んで火に入る夏の虫」という言葉を聞いたことがあるだろう。そして、夜のたき火やバーベキューでそのような光景を見たことがあるのではないだろうか。しかし、この格言は正しくないかもしれない。1月30日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された最新の研究によれば、虫が明るい場所に向かって飛ぶのは、光に引き寄せられるのではなく、光の方向を「上」と勘違いしているせいだった。 ギャラリー:驚き!電子顕微鏡で見た昆虫、寄生虫 写真18点 単に光に引き寄せられているとしたら、光に直行するはずだ。しかし、人工光を使用した一連の実験で、多くの昆虫が飛行中、体の上側を光に向けていることがわかった。 昆虫が地面に墜落しないためには、どちらが上かを知っておく必要があると、この研究に参加したヤシュ・ソンディ氏は説明する。ソンディ氏は米フロリダ大学の昆虫学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもある。 たとえ夜でも、空の明るさは上の強力な指標だった。人工光が登場するまでは。 人と異なり、ほとんどの昆虫には体のバランスや空間の方向感覚を調整する感覚システムがない。その代わりに「明るい場所と暗い場所を素早く見分け、安定した飛行ができるよう、空に関するフィードバックを行うシステム」があるとソンディ氏は述べている。「そこに不具合があると、墜落するか、高く飛びすぎて失速してしまいます」
上はどっちだ?
昆虫が光に群がる理由は長年の謎とされ、これまで多くの説が浮上してきた。代表的な説は、昆虫は月を頼りに飛行しており、人工光を天のコンパスと勘違いするというものだ。 しかし、この説明では不十分だと科学者たちは考えていた。昆虫が人工光を飛行の手掛かりにしていると仮定した場合、光の周囲をらせん状に飛行するはずだが、羽を持つすべての昆虫がそのように飛行しているわけではないためだ。 このほかにも、昆虫は人工光に目がくらんで方向感覚を失っている、光の熱放射に引き寄せられている、茂みの隙間のように光が来る方向に逃げているといった説がある。 そこで、ソンディ氏の研究チームはコスタリカのモンテベルデ雲霧林でこの疑問を検証することにした。モンテベルデ雲霧林は地球上で最も多様な昆虫が生息する場所の一つだ。 ソンディ氏らは赤外線高速度カメラを使って完全な暗闇で昆虫の動きを記録し、基本的に昆虫がどのように飛んでいるかを把握した。そして、光の違いが飛行に与える影響を調べる実験を行った。 ソンディ氏らはまず、2本の木の間にロープで電球をつるした。玄関先にある下向きの照明とよく似た配置だ。次に、電球を三脚に取り付けて上向きにした。 どちらのケースでも、昆虫は電球に向かって羽を広げた。トンボからチョウまで、昆虫たちは羽の角度を維持しながら、電球の周囲を飛行し続けた。 しかし、電球を上に向けると、失速したり、墜落したりする昆虫が続出した。 では、光が一点から来るのではなく、明るい空のように広範囲に拡散していたらどうなるのだろう? 研究チームは樹冠に白いシートを広げ、そこに紫外線を照射した。もし昆虫が本当に光に「引き寄せられる」のであれば、光に向かって上昇するはずだと、研究に参加した英インペリアル・カレッジ・ロンドンの昆虫研究者サム・ファビアン氏は話す。 ところが、昆虫たちは日中と同じように、紫外線を照射したシートの下を真っすぐ飛行した。 次に、研究チームは同じシートを地面に置き、紫外線を照射した。すると、奇妙なことが起きた。 「上空を飛んでいた虫たちがすべて逆さまになって墜落しました」とファビアン氏は振り返る。これらの行動から、人工光は昆虫の「上はどちらか」という感覚と本当の重力方向とのずれを引き起こすと示唆される。 また、チームは研究室でもこのような光の実験を行い、同様の結果を得た。ただし、昆虫が光に群がる傾向にほかの要因も関係している可能性はまだ除外できていない。
文=KILEY PRICE/訳=米井香織