「思いやりのある範士になりたい」と語る片山師範＝諫早市、西陵高剣道場

　西陵高剣道部の片山倉則師範が今年５月、剣道の最高位の称号「範士」を取得した。全国で１７２人しかおらず、長崎県内では４人。長崎西高の女子をインターハイ団体優勝、西陵高の男子を全国高校選抜大会で団体日本一に導いた実績を持つ７２歳は「家族や剣道仲間、教え子に支えられてここまでこられた。感謝しかない。思いやりのある範士になりたい」と志を新たにしている。 　１２度目の“挑戦”だった。全日本剣道連盟（全剣連）の範士の審査会は年１回。現在の最高段位である八段に昇段した後８年経過した上で、県剣道連盟の推薦を受けて初めて審査対象になる。審査会では品格や実績、剣道界への貢献度などが厳しく見極められる。５１歳で八段に昇段してから２０年。念願の吉報に「やっときたかとうれしかった。反面、私がいただいてもいいのか、という気持ちが入り交じった」。 　五島市出身で竹刀を握ったのは福江小５年の時。農家の４人姉弟の長男で、放課後は毎日、畑仕事の手伝いで手は真っ黒だった。隣に住む一つ上の先輩が胴着姿でさっそうと道場に向かう姿がまぶしかった。厳格な父に頼み込み、半年ぐらいかかって剣道道場「西雄館」への入門を許された。 　稽古は月水金の夕方５時から。時計はなく、４時半に福江空港に到着する飛行機を見上げるやいなや、畑から抜けだして道場に走った。姉、弟への後ろめたい気持ちも胸に抱いて。当初は防具を買ってもらえず、胴や面をつけた仲間たちを横目に一人で竹刀を黙々と振り続ける日々。当時は寂しかったが、この時の経験が今も生きる。 　指導で何よりも大事にしてきた基本。その思いは西陵高の部訓の一つ「有効打突」に現れている。美しくて強い剣が理想。生徒には言い続ける。「強さだけではなく、西陵の技はいいよね、西陵の面は素晴らしいよねって周りから思われるようにならんばって」 　五島高から国士舘大に進み、大学では「稽古の虫」と呼ばれ、卒業式当日の朝稽古にも顔を出した。卒業後、長崎に戻り、体育教諭として五島高奈留分校（現奈留高）に赴任。１年目に全日本選手権で１６強に入った。 　指導者としては、１９９７年世界選手権の女子団体で日本の優勝に貢献した福田美佐子（西陵高監督、長崎西高出身）や、今年の世界選手権で日本男子団体Ｖの一員になった草野龍二朗（大阪府警、西陵高出身）ら数々の選手を育て上げた。指導は厳しく、教え子からは恐れられていた。自分でも「鬼だった」と思う。歳を重ねて「今はもう仏さんですよ」と笑う。 　今も時間講師として西陵高の教壇に立ち、剣道部の指導に携わる。腹筋や腕立て、スクワットなど毎日自らの鍛錬も怠らない。気力、体力が続く限り、指導を続けたいと思う。西雄館の恩師の故馬場武雄館長からは「ものの哀れを感じ、風流で優雅さがあって、思いやりのある日本人たれ」と常々教えられた。「私は風流とか優雅さは無理。なので、思いやりのある範士になりたい」。竹刀を握って６２年。まだまだ意気盛んだ。 【略歴】かたやま・くらのり　五島市出身。五島高から国士舘大に進み、１年生で全日本学生優勝大会団体優勝。体育教諭として１９７５年に五島高奈留分校（現奈留高）に着任。８１年に赴任した長崎西高では９４年のインターハイで女子を団体優勝に導いた。９７年から西陵高に移り、２００９年の全国高校選抜大会で男子団体日本一。１４年長崎がんばらんば国体では大将として、成年男子の優勝に貢献した。諫早市在住。７２歳。