紫式部日記を「令和言葉」に訳して見えたものとは?堀越英美に聞く、歴史的人物を「おもしろく書く」こと
2024年NHK大河ドラマ『光る君へ』は、平安時代の歌人/作家の紫式部の半生を描いた物語。藤原道長に才能を認められ、『源氏物語』を書いた紫式部は、宮中の様子を綴った『紫式部日記』を残した。本作を「令和言葉」で超訳した『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』(扶桑社)を発表したのが、『エモい古語辞典』(朝日出版社)や『女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出書房新社)といった著作で知られる堀越英美さんだ。 【画像】堀越英美『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』より これまでも、歴史を紐解きながら、過去の人物のキャラクターや魅力に新たな光を当て、知られてこなかった彼女たちの物語を現代の視点で語り直すような作品を発表している。そこから見えてくるのは、現代に通ずる昔の人々の力強さや生き様だ。今作ではどのように紫式部の作品を捉え直したのか、過去の女性たちを語り直すおもしろさとは。堀越英美さんに話を聞いた。
紫式部は文章のなかで笑いをとりにいこうとする、ユーモアのある人
─「30代OL風の超訳」が『紫式部日記』、そして紫式部という人物像と非常にマッチしていました。堀越さんは紫式部という人物をどのように捉えて訳されたのでしょうか? 堀越:『源氏物語』の現代語訳を読んでいた高校時代、紫式部は「もののあはれ」、つまりセンチメンタルな印象があったのですが、『紫式部日記』の原文に直接あたって読んでいくと「この人はおもしろいことが好きなのではないか」と思えてきました。 『エモい古語辞典』を執筆した際に例文として『源氏物語』を一か所だけ訳したのですが、とても楽しかったんです。『紫式部日記』も試しに一部訳してみたところ、笑いをとりにいくタイプの人だとわかってきて(笑)。情緒的すぎる人だと私は世界観に入り込めないと思ったのですが、紫式部は自分も周囲も客観的に見て、冷静に文章を綴りながらウケやオチも忘れないユーモアのある人だと感じました。そういう人物像を伝えられたらと思い、現代語訳に挑戦することにしました。 ─「笑いをとりにいっている」と感じたなかで、お好きなシーンは? 堀越:いくらでもあるんですが……第二章「出産レポ」の部分ですかね。彼女は中宮様の出産記録をつけるように命じられるわけですが、大イベントで人が慌てふためく様子を「邪気払いのためのお米が頭に降ってきて、衣はぺしゃんこで見た目がヤバい」「美しい宰相の君も涙でメイクが落ちて別人」などと書いています。宮中の様子をそこまで可笑しく書かなくてもいいと思うんですけど、彼女はそう書いてしまう。 堀越:物の怪に対する視線も好きですね。平安時代、病気や死は物の怪という霊にとりつかれたために起きるとされていました。『紫式部日記』の中宮様の出産場面でも、「よりまし」と呼ばれる人たちに物の怪を一時的に宿らせて退治するというくだりがあります。その描写の最後が「全然物の怪が乗り移らない人がいて、かなり怒られていた」という一文でしめくくられているんです。本人の真意はわからないですが、この一文があることで読み手はこの儀式を「ちょっと茶番だな」と感じますよね。そんな気持ちをストレートには書かないけれど、斜めな視点をサラッと挟み込んでいるのは紫式部ならではだと思います。 宮中で起こった事件に対しても、怖いと怯えるだけではなく、物事を俯瞰して、よく考えれば滑稽だなという視点で書き、オチをつけようとする。『紫式部日記』には滑稽な描写やオチが意外に多くて、親近感がわきました。