紫式部日記を「令和言葉」に訳して見えたものとは?堀越英美に聞く、歴史的人物を「おもしろく書く」こと
幼いころの図書館通いで身についた、古い文献のなかにおもしろさを探す「クセ」
─堀越さんの著書では、そうした女性たちの生き様をわかりやすく伝えるために、現代の事象や言葉遣いに言い換えられていますが、原文にあたっていると自然と古典と現代が結びつくのでしょうか? 堀越:家の近くに図書館があったんですね。テレビやゲームに厳しい家庭だったので、幼い頃からしょっちゅう図書館に通い、端から端まで読み漁っていました。図書館にある本は古いものが多いので、自然と古い文献のなかに現代に通ずるおもしろさを探す「クセ」がついたんだと思います。 学校に通うようになってから、自分の趣味がほかの人と違うことに気がついたのですが、みんながゲームやテレビ番組が好きなように私もこのジャンルが楽しくて好きなだけだったんだと思います。私も推しを共有したい、みたいな気持ちで本を書いているところはあるかもしれません。 ─堀越さんにとって印象的な古典文学作品は? 堀越:たくさんありますが……小学生のころ『万葉集』がとても好きで、気に入った和歌を抜き書きしていました。素朴に恋を歌い上げている作品が多く、かつおもしろ要素があるので楽しかったです。 あとは、平安末期の歌謡集『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)がいちばん好きかもしれません。『紫式部日記』にも引用箇所があったのですが、「愛してるって言ったくせに逃げた男」に対して「角三本生えた鬼になって嫌われろ~(略)」と恨み言を言う感じなど、素朴ななかに人間味が溢れていておもしろいです。
「『あるべき女性』像からズレている女性をなるべくおもしろく書いて、『おもしれー女』に対する価値観が変わっていったらうれしいです」
─届けたい読者層というのも意識としてありますか? 堀越:よく女性に向けて書いているのかと聞かれますが、著者本人としては性別を限定せず、いろんな人に読んでもらえる本になることをつねに念頭に置いています。やはりステレオタイプな性別観を変えていくには、多くの人に共感してもらう必要があると思うのです。なので、「あるべき女性」像からズレている女性をなるべくおもしろく書いて、「おもしれー女」に対する価値観が変わっていったらうれしいです。 ─現在、紫式部が主人公のNHK大河ドラマ『光る君へ』が放送されています。『紫式部は今日も憂鬱』を読んでからドラマを拝見すると、紫式部に対する見方が深くなり、とてもおもしろくなりました。 堀越:ありがとうございます。解釈が被っているところと全然違うところとがあると思うので(笑)、その違いも楽しんでいただけたらと思います。 ─ご自身では大河ドラマをどのように楽しんでいらっしゃいますか? 堀越:勝手な解釈になりますが、私が小中学生のころ、氷室冴子さんによる少女小説『なんて素敵にジャパネスク』が大ヒットしたんですね。平安時代を舞台に、名門貴族の姫君で独身主義を貫く「瑠璃姫」を巡る物語。私も『紫式部は今日も憂鬱』を訳していくうちに、同じ女性平安貴族の一人称ということで、どうしても紫式部が瑠璃姫に寄ってしまう感じがあったのですが、『光る君へ』の紫式部は身分制度や因習に縛られない心の自由さがある、まさに瑠璃姫のようなヒロイン像だなと思いました。 ─SNSでも、『光る君へ』と『なんて素敵にジャパネスク』の重なりについて語っている方がいらっしゃいました。 堀越:きっと同じことを思う方は多いんでしょうね。史実との違いについて議論されていますが、たしかに紫式部と道長が幼なじみである可能性は低いですし、貴族の子女が一人であちこち出歩くことはないはず。でも『なんて素敵にジャパネスク』の筒井筒(幼なじみ)の関係や瑠璃姫の自由さに憧れた世代にはグッときます。おそらく脚本家の大石静さんも『なんて素敵にジャパネスク』がお好きなのでは? などと勝手に想像しながらドラマを楽しんでいます。
インタビュー・テキスト by 羽佐田瑶子 / 編集 by 後藤美波