魔女を判定する「水責め」

ヨーロッパの歴史の「闇」を見つめる『拷問と処刑の西洋史』の著者・浜本隆志氏が、中世に猛威を振るった「魔女裁判」の全プロセスを明かす第3弾。 【写真】沈めば無罪、浮かんだら有罪… 「収監」「尋問」に続いては、魔女の「判定」方法について。水に漬けたり、秤に載せたり、針を刺したり……現代の目には奇妙に思えるさまざまな方法が考案＆実施されたようです。

浮かんだら有罪！　水審

水審

魔女ではないかといううわさが立つと、そう疑われた当事者はどのようにして身を守ったのだろうか。 そのまま放置しておけば、逮捕、収監という憂き目を見るのは必至だったので、本人や家族は、身の潔白を実証するためにいろいろな行動に出た。もちろん逮捕されてから、法廷で無実の証明を申し出るケースも多く存在した。 魔女裁判における水審は、古来の神明裁判〔神意を受けて黒白を決定する裁判〕の残滓であるが、魔女は軽々と空を飛ぶことができると信じられていたので、水に漬け、浮かべば有罪、沈めば無罪という判定が下された。被告も原告も、敬虔な人間であれば、神が正しい者に加護を与えてくれるはずであると、水審を信じていた。とくに魔女の嫌疑をかけられた者は、むしろ藁をも摑む気持ちで水審に臨んだ。 1613年の水審の様子を示す木版画を見ると、被告は綱で体をくくられ、すぐ引き上げられるように刑吏がその両端を握っている。縛る手順については、ドイツのフランケン地方では、手を交差させて右手と左足をくくった。またドイツ北部のホルシュタインでは、右手と左足、左手と右足の両方を縛るという方式であった。 水審では3回水中へ投げ込まれ、沈むと引き上げて無罪放免となった。3回というのはキリスト教では聖なる回数で、それによって神の審判が下されるという言い伝えがあったからだ。しかし浮かび上がったり、泳いだりすると、有罪と判定された。当時の図から、刑吏が2人で水審を実施し、3人の裁判官と参審人がそれを確認している様子がわかる。 なお、右側のイノシシのような黒い動物と、水面から顔を出している黒い頭は、魔女を助けようとする悪魔をシンボル化したものである。その姿にウマが驚き、被告を乗せてきた車の車輪が壊される。なお舟に乗った人物は悪魔を監視する役割を担っていた。というのも、魔女と契約していた悪魔は、水審の際にかの女が沈むのを助けるために、鉄の棒を渡すと信じられていたからである。 水面に浮いた被告は不利な状況に追い込まれるが、その場合、魔女以外の罪、たとえば今までに犯した姦通、あるいは盗みによるものであると主張する余地があった。というのも人間は、だれしも胸に手をあて、神の教えに照らして謙虚に考えてみれば、無罪の人はほとんどいないからである。その意味において、もし浮いても、再度の挑戦を願い出た。しかし不利な状況は、拷問具を用いた取り調べへ進む根拠となりえた。 ただし、水審を疑問視する意見も多く、たとえばドイツでも1642年に、グリュックシュタットの市参事会は、ロストック大学に水審の可否の判断を依頼した。水審に反対していた教授たちは、水中へ投げ込むという「痛みをともなう尋問」は、有罪の根拠となりえないとし、被告を釈放すべきであるという結論を出している。