アングル:「AI」導入に揺れるコールセンター大国フィリピン、労働者からは権利保護求める声
Mariejo Ramos [マニラ 3日 トムソン・ロイター財団] - マイリーン・カバロナ氏は、2010年からフィリピン国内のコールセンターで外国企業からの問い合わせに対応している。この年、フィリピンのコールセンター産業で働く労働者は50万人を超え、インドを抜いて世界最多となった。 その後、カバロナ氏が働くビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)部門は、フィリピンの民間セクターで最も雇用者数の多い産業となり、現在では約130万人が働いている。 BPO産業は、労働者の権利保護の弱さや職業上の健康リスクなど、多くの課題を抱えている。だが多くの労働者がいま抱いているのは、人工知能のせいで完全に失業してしまうのではないかという恐れだ。 労働者組織であるBPO産業労働者ネットワーク(BIEN)の代表を務めるカバロナ氏はトムソン・ロイター財団の取材に対し、「多国籍企業がフィリピンに進出したのは、私たちに顧客対応のスキルがあるからだ」と話す。「ところが、その私たちが真っ先にAIに置き換えられてしまう」 BPO産業の収益は年間約300億ドル)。海外で働くフィリピン出身者からの送金と並んで、フィリピン経済を支える柱の1つだ。 AIの成長により、AIの学習やコンテンツの適正管理といった新たな職種での求人が生じているものの、多くの労働者が従事しているコールセンターでの低熟練業務は時代遅れになりかねない。フィリピン政府は、AIとともに働けるよう労働者を再訓練することで対応する計画だ。 だが、カバロナ氏は、AIの台頭という課題に対処するために労働者のスキルを向上させることを約束するのであれば、並行して、この業界における労働者の権利保護の欠落という根深い問題も解決していくべきだと考えている。 <AI導入に前向きなコールセンター> フィリピンITビジネスプロセス協会(IBPAP)が今年60社を対象に行ったアンケート調査では、半数以上が、自社ワークフローへのAIの統合に「積極的に取り組んでいる」と回答した。 回答企業の10%以上は、AI技術をすでに十分に導入しており、顧客対応や支援サービス、データ入力及び処理、品質保証といった職種に最も影響が出ていると答えている。 AIツールへの投資は安くは済まないが、業界の専門家によれば、BPO業務の自動化によりかなりのコスト削減が期待できるとしている。 だが、特有の問題はある。フィリピンや南アフリカ、メキシコ、カナダにオフィスを構えるアウトソーシング企業ボールダールのデビッド・スドルスキー最高経営責任者(CEO)は、電子商取引を中心に、最もスキルを必要としない業務が自動化されたため、新規スタッフの採用や一部の職種の補充が難しくなっていると話す。 「これまでBPOやコールセンターが提供していたエントリーレベルの職種がAIによって減ってしまうと、その先はどうなるのか」とボールダールの創業者でもあるスドルスキーは言う。「発生するリスクはかなり大きいと考えている」 スドルスキー氏は、BPO産業は以前のように新卒者を「何十万人も」吸収して拡大していくのではなく、チャットボットやアルゴリズムの学習など「専門的スキルを要し、ITツールに適性のある」職種を導入していくのではないかと考えている。 <労組の結成は進まず> BPO企業は長年にわたり人件費の削減に熱心であり、これまでは賃金の安い新規採用者によって、そして最近ではAIによって既存のスタッフを置き換えている。 カバロナ氏は、BPO労働者を守る唯一の道は労働組合を結成し、昇給や雇用維持、職場における健康と安全の確保に向けて運動していくことだと話す。 「だがフィリピンのBPOでは労組の結成が進んでいない」とカバロナ氏は指摘し、「(政府は)投資を誘致するために現状維持を望んでいるように見える」と語る。 カバロナ氏は、「クライアントが、この従業員は生産性が低い、あるいは基準に到達していないと感じ、もう必要ないと考えてしまえば、労働者は即座に解雇されてしまう」と語る。 <リスキリングは可能か> カバロナ氏は、フィリピンのBPO労働者は顧客への話し方や相手への共感といったソフト面でのスキルを鍛えられてきたと話す。 そのため、こうした伝統的な訓練を受けたコールセンター担当者と、AIとともに働くITスキルを持ち、AIツールを使って顧客の問い合わせに答え、AI向けにデータに注釈やラベルを付け、音声や文章でAIボットを訓練するといった能力を備えた人材とのあいだには大きなスキルのギャップが生まれている、とカバロナ氏は言う。 スドルスキー氏は、AIへのシフトによって、テクノロジーに強い人材が有利になり、それ以外の労働者は取り残されるのではないかと話す。 「AIを使えるようにBPO労働者を訓練するだけで、彼らの雇用を維持するのに十分なのか。それが最低限の要件ではある。しかし成功するのは、本当にAIを理解している人材だ。AIに取り組まない労働者は、別の仕事を見つける必要が出てくるのではないか」とスドルスキー氏は言う。 政府も民間セクターも、BPO労働者のリスキリングが、想定されるAI失業に対する解決策になると考えている。 IBPAPでは、多くのBPO企業が「AIを援用するオペレーションに必要なスキルを獲得するための従業員の訓練に前向きである」と述べている。 こうしたスキルとしては、プログラミング、データサイエンス、データ分析、AI倫理などがある。 だがカバロナ氏は、スキル向上だけでなく、BPO労働者の権利をまず保護しなければならないと語る。 「多国籍BPO企業がフィリピンで活動するのは、製造コストを引き下げ、利益をさらに増やしたいというだけでなく、多くの場合、母国には労働組合が存在するという理由もある」とカバロナ氏は言う。 BIENは、「BPO労働者のためのマグナ・カルタ」と呼ばれる法案を支持している。BPO産業に関して、生活可能な初任給の基準を定めようとするものだ。 「ある議員からは、酷使されて苦しんでいる在外フィリピン人労働者に比べればマシな方だとさえ言われた。なぜBPO労働者がそのような扱いを受けるのか。もっと大切にされる資格はある」とカバロナ氏は言う。 (翻訳:エァクレーレン)