内視鏡AIでがんの見逃しをゼロに 世界の患者を救う使命感 AIメディカルサービス代表取締役CEO・多田智裕
患者の負担をいかに軽減できるか、技術を磨き続けた。苦痛の軽減を目指して改善と研究に力を入れ、大腸カメラの「無痛挿入法」を考案。医師6人の共著で専門書『行列のできる患者に優しい“無痛”大腸内視鏡挿入法』も出版した。 クリニックに勤務してもらう医師は「プロフェッショナルドクター」、受付は「コンシェルジュ」と呼び、医療機関のスペシャリストとして仕事をすることを求めた。16年からクリニックをサポートし、19年12月からは多田に代わって院長を務める医師、柴田淳一(41)は語る。 「最初にハッとしたのは、クリニックのロゴでした。英文でインスティチュート、と書かれているんです。研究機関といった意味です。多田先生は、最初から一つのクリニックの院長に留まるつもりはなかったのだと思いました。実際、院長室の上の本棚に、『ビジョナリー・カンパニー』なんて本が置いてあるクリニックはないと思います」 多田はさらなる高みを目指し、マーケティング講座に通い、異業種の経営者などが集まる勉強会に出かけた。そして16年、AIの勉強会に誘われる。講師は東京大学教授の松尾豊。日本のAI研究の第一人者だ。ここで知ったのが、ディープラーニングという新しい技術だった。AIの画像認識能力が人間を上回ったと知り、アイデアはすぐに浮かんだ。多田は講演後、松尾に尋ねてみた。 「内視鏡医療分野でのAIの活用は、さすがにもちろん誰かがすでにやっていますよね」 戻ってきたのは、思いもよらない言葉だった。「そんなことをやっている人は知りませんね」 ■胃がん検出AIの開発成功 巨額の資金調達も行われた AIの研究開発を始めたのは、講演の3カ月後。待っていたのは、気の遠くなるような作業だった。「ここからここまでの範囲ががんだ」と手作業でマーキングし、AIに教え込む。実際に手を動かしてみると、想像以上の精密さが求められた。精度の高いAIを構築するには、多くのデータを読ませる必要がある。最低でも数千症例。途方もない作業だった。診察の合間に時間を見つけては作業に向かった。同時に多田は、会社の設立準備を進める。実用化までは時間がかかる。資金も必要だ。民間のベンチャーキャピタルが展開する起業家育成プログラムに参加すると、成功した起業家の姿を初めて見た。大学で教えながら上場を果たし、時価総額数千億円の会社に育て上げた経営者。 「普通に過ごしていたのでは、まず出会わないであろう桁外れの成功者たちに触れることで、自分の中の当たり前が変わっていきました。もっと大きなことができる。世界に出ていくことができる。もっと多くの人の役に立つことができる。もっと大きな仕事の醍醐味(だいごみ)を味わうことができる」 人生には、まだまだ大きなポテンシャルが潜んでいる、可能性があると改めて思った。 (文中敬称略)(文・上阪徹) ※記事の続きはAERA 2024年12月23日号でご覧いただけます
上阪徹