モモとの旅(7月28日)
長野県にある黒姫童話館には、ミヒャエル・エンデの貴重な資料2千点が所蔵・展示されていた。エンデの作品『モモ』(大島かおり訳 岩波書店)は、時間泥棒に盗まれた人間たちの時間を、風変わりな女の子のモモが取り返しにいく物語である。 『モモ』には、円形劇場跡にひとりで住んでいる小さな女の子モモが出てくる。モモが町のみんなにとってなくてはならない存在だったのは、みんなの話を聞いてくれたから。そして子どもたちは、モモが一緒にいると素[す]敵[てき]な遊びがひとりでに浮かんできて楽しく遊べるのだった。 そんなモモたちが暮らす町に、灰色の男たちが出現する。時間泥棒である灰色の男たちは、自分たちの時間貯蓄銀行に蓄えるために、人間の生きている時間を1秒でもむしりとろうとし、無駄な時間を作らず効率よく仕事をするように、人間たちを巧みに説得する。時間を奪われてしまった人たちは、しだいに「ふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔」になっていく。
モモのように、人の話をじっと黙って聞くのは、簡単なようで難しいことだ。つい口をはさみたくなったり、意見や時にはアドバイスをしたくなる。この物語では、モモに話を聞いてもらった相手は、自分で答えを見つけたり、勇気がわいてきたりする。 灰色の男たちの秘密に気づいたモモに危険が迫った時、カメのカシオペイヤがやってくる。そして、時間をつかさどるマイスター・ホラの家にモモを連れて行く。モモの冒険物語が始まるのだ。 この本を初めて読んだ時、「ツイテオイデ!」という文字が甲羅に浮かぶカシオペイヤとモモが歩き出す所、美しく豊かな時間の国に住むマイスター・ホラと出会う場面に、わくわくしたことをよく覚えている。 だから、エンデの几[き]帳[ちょう]面[めん]な字で書かれた、カシオぺイヤやホラの名前を童話館で見た時は心が躍った。自宅へ帰るとすぐに『モモ』を久しぶりに読み返し、作者のみじかいあとがきまで読んでいった時、はっと手が止まった。「わたしはいまの話を……将来起こることとしてお話ししてもよかったんですよ。」とあった。