志尊淳「自己肯定感ゼロの闇の時代を10年間。1ヵ月ほぼ寝たきりの闘病生活で人生観が変わった。朝ドラ『らんまん』でファンの年齢層もひろがり」
〈発売中の『婦人公論』3月号から記事を先出し!〉 2021年に本屋大賞を受賞し、大きな話題を呼んだ『52ヘルツのクジラたち』がこの春、映画化される。作品で大きな役割を持つ役を好演した志尊淳さんに、映画にかけた思いを聞いた(構成=平林理恵 撮影=小林ばく) 【写真】その強いまなざしの先には… * * * * * * * ◆生半可な気持ちではかかわれないと ――この映画のお話をいただいて、初めて原作本を手にとりました。出演する作品の原作には必ず目を通すようにしているものの、僕はあまり小説を読むのが得意ではなく、これまではいつもどこか「重い腰を上げる感」があったのです。 ところがこの小説は読み出したら止まらなくなり、最後まで一気に読んでしまいました。 読み終えて、いろんな意味でショックを受けました。トランスジェンダー、ヤングケアラー、虐待と、登場人物たちはそれぞれ孤独や苦しみを抱えています。でも、境遇の異なる僕にも、どこかにこんな思いはあるなあと感じました。 一方で、作中の登場人物たちと同じような思いを抱えている人は大勢いるのに、あまり目を向けずに生きてきた自分もいて。そんな僕が、ここに描かれた人たちの、必死でがむしゃらな、きれいごとではない日々に対して、俳優として向き合うことになる。 自分はなんて無力なんだ、でもだからこそ、僕に何かできることはないかという思いが強く湧き上がってきました。
タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのこと。仲間に声を届けられないため世界で一番孤独だと言われている。 志尊さんが演じるのは、家族に人生を奪われてきた(杉咲花さん)の声なきSOSを聞き取り、救いの手を差し伸べる、塾講師の岡田安吾。安吾は生まれたときに割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の「トランスジェンダー男性」で、自身も大きな孤独を抱えているという役どころだ。 ――過去にトランスジェンダー女性を演じた経験から、安吾の人生に生半可な気持ちでかかわってはいけないということはよくわかっていました。自分の身体を通して言葉を発し、安吾に心を通わせていく、その覚悟を僕が決められるかどうか。当然、僕の身体は変えられないなかで表現していくことになる。いったい、どうすれば安吾に寄り添えるのか。 とにかく岡田安吾を生きよう、と気持ちが固まったのは、成島(出)監督とお話をさせていただいたことが大きかったです。僕のほうから「成島さんがトランスジェンダーをどう捉えているのかを伺いたいです」と切り出しました。 原作小説を読んで僕が感じたこと、本をそのまま映像作品にすると、トランスジェンダーが、何かキャラクターの一つみたいに受け止められてしまいそうで、それは違うんじゃないかと思うこと。トランスジェンダーの方々を傷つけることにならないかが何よりも不安であること。 そんなことをわーっと話したら、成島さんが大きくうなずいて「僕も同じことを思っています」と。そして、成島監督自身の覚悟を話してくださいました。そのとき、ああ、このチームでならできる、と僕自身の覚悟も定まりました。それで、その場で「やらせてください」とお伝えしたのです。