突然姿を消した派閥事務局長、それが全ての始まりだった 二階元幹事長の不出馬表明の真相【裏金政治の舞台裏⑤】
派閥内には「全て永井がやったことだ」と永井の行為を批判し、全責任を負わせる声もあった。ただ、その永井が蓄えた金を使い続けたのは政治家自身でもある。そうした中でも、永井は沈黙を保ち続けた。 永井は今年6月19日、東京地裁の初公判で起訴内容を認めた。初公判後、周囲にこう語った。「俺は一切私腹を肥やしたことはない。ただ、全て責任を背負うのが派閥に四半世紀もお世話になったせめてもの恩返しだ」 ▽ついに二階派の解散を決断 司直の手は二階本人にも伸びていた。関係者は振り返る。「当初、二階派については議員や秘書は対象とならず、立件されるのは永井だけだと聞いていた。流れが変わったのは昨年12月中旬だった。弁護士から『検察が二階氏の事務所の話を聞きたいと言っている』と伝えられた。そこがターニングポイントだった」 二階個人の事務所でも、収支報告書への不記載を重ねていた。関係者によると、二階の事務所はパーティー券の販売ノルマ超過分を派閥に納めず、手元にプールして裏金化していたとされる。
永井が在宅起訴された24年1月19日、東京地検特捜部は政治資金規正法違反(虚偽記入)の罪で、二階の秘書、梅沢修一を略式起訴した。起訴内容は2018~22年、二階派(志帥会)から計約3500万円の寄付を受けたのに、二階の関連政治団体の政治資金収支報告書に記載せず、寄付の合計額を虚偽記入したとされる。 梅沢はその後、東京簡裁が1月26日付で出した罰金100万円の略式命令を受け入れ、有罪が確定した。二階本人も昨年12月下旬と年明けの計2回、任意の事情聴取を受けたが、関与は認定されなかった。 ▽議員宿舎の密会 永井、梅沢が特捜部に立件される前日の1月18日、二階は限られた派閥幹部と秘密裏に話し合いの場を持った。世論が裏金事件に厳しい視線を注ぐ中、二階派の今後をどうすべきかが議題だった。 18日昼、赤坂の議員宿舎に、二階は最側近の林幹雄、武田良太と向かい合っていた。二階は「俺が派閥会長を辞めれば良い。あとは2人で好きなようにやれ」と伝えた。しかし、林は「そうであれば、派閥を解散しましょう。すぱっと解散するのが二階さんらしい」と返答。林の提案に異論は出ず、派閥解散の流れが決まった。そして、永井、梅沢が立件された19日、二階は派閥総会で解散を提起し、了承を取り付けた後、記者会見で発表した。