【「お坊さまと鉄砲」評論】敬虔な仏教国家に、なぜ銃が必要になるの? エンディングで「なるほど」が溢れ出す
15年ほど前、ブータンを訪れたことがあります。たった4日間の滞在でしたが、旅の印象は強烈で、今でも時々よみがえる思い出がいくつもあります。この映画に関連するものを2つあげてみましょう。 まず、ブータンの人々は一切殺生をしません。蚊やハエや、蜂など人間に害を及ぼす虫が近づいてきても、手で払うぐらいで決して殺さない。なぜかと言えば、ブータンは敬虔なチベット仏教国家だからです。輪廻転生の教えに基づけば、亡くなった家族や知人が転生して、ハエや蚊などを含む、身の回りの動物になっているかもしれないと彼らは教えられるのです。ブータンの人々は、肉や魚などを食べますが、そういう屠殺を行うのは特殊なカーストの人たちに限られているそうです。 だから、私はこの映画の予告編を見たときにかなりの違和感を覚えました。「なぜ、ブータンで銃が必要になるのか?」しかも、「銃を調達せよ」と命じているのは僧侶です。「国家で初めての選挙」という大イベントを控えるとはいえ、虫も殺さぬ人たちが銃を探し回る姿は異常です。 もうひとつの強烈な旅の印象は「男根信仰」です。ブータンの建物に、男根を模した木像がぶら下がっていたり、男根の絵が描かれているのをあちこちで見かけました。子孫繁栄の他に、魔除けの意味があるようです。町の土産物屋などでも、大小さまざまな男根の木彫りにお目にかかれます。街で目にする男根の雄姿は、日本人なら、少し恥ずかしさを覚えるレベル。 この2つのブータン旅行の記憶が、「お坊さまと鉄砲」鑑賞における格好の調味料となりました。 監督と脚本はパオ・チョニン・ドルジ、撮影もジグメ・テンジンと「ブータン 山の教室」の製作陣が再結集しています。ブータンの美しい山並みや草原、日本人には懐かしさを醸し出す素朴で慎ましい人々が、今作でも素晴らしい映像となって映し出されます。ブータンの観光プロモーション映画としても、見事にワークしています。 それにしても、何で選挙で銃が必要なんでしょうか? その理由について、鑑賞中ずーっと考えていたのですが、妥当な仮説をひとつも思いつきませんでした。しかし、本編の最後でその答を知って「なるほど」が頭から溢れ出てきます。信仰には、「手を合わせて拝む」「拝む前にカネを鳴らす」といったシンプルな儀式が重要なんだなと改めて思い知らされた次第です。 そして、男根もまたこの映画でいい仕事をしています。映画に登場するヤツはあまりにデカいので、面食らう人や意味の分からない人もいるかも知れませんが、あれは信仰の対象なんです。「ブータン 山の教室」の時もそうでしたが、この映画を見たら、またブータンに行きたくなりました。15年前と何が変わっていて、何が変わっていないのか。人々は相変わらず英語が堪能で、民族衣装で暮らしているのか。とても興味がわきました。 (駒井尚文)