地獄から這い上がり横綱になった照ノ富士の10回目の優勝。取り壊される愛知県体育館「最後の場所」にふさわしい勝利
猛暑と荒天のなか始まった、大相撲名古屋場所が、愛知県体育館(ドルフィンズアリーナ)で千秋楽を迎えた。『婦人公論』愛読者で相撲をこよなく愛する「しろぼしマーサ」が今場所もテレビ観戦記を綴ります。 * * * * * * * ◆こういう時が一番危ない 大相撲名古屋場所は、優勝決定戦のすえ横綱・照ノ富士が前頭6枚目・隆の勝を満身の力で寄り切り、自身の目標とする10回目の優勝を果たした。名古屋場所での照ノ富士の優勝は初めてである。 昭和40年からコロナ禍での東京開催1回以外は、毎年大相撲を開催してきた愛知県体育館(ドルフィンズアリーナ)は老朽化のために取り壊されるので、ここでの大相撲開催は最後となる。2場所連続途中休場した照ノ富士の優勝か?一時は大関への期待もあった隆の勝の実力復活の初優勝か?来場した大相撲ファンへの感謝を込めたような熱い千秋楽だった。 14日目に照ノ富士は隆の勝に完敗して2敗。隆の勝は3敗で千秋楽に臨んだ。 隆の勝の対戦相手は先場所優勝した関脇・大の里。隆の勝は立ち合いからののど輪で、大の里に見せ場を作らせずに押し出した。「おにぎり君、強い!」と私は叫んだ。おにぎり君は、隆の勝のニックネームだ。 この段階で、私は東京の両国国技館の前に大相撲が開催されていた蔵前国技館での最後の優勝者を思い出した。平幕の多賀竜(最高位・関脇、鏡山親方)だった。愛知県体育館の最後を飾るのも平幕の力士なのかと。 照ノ富士の対戦相手は大関・琴櫻。今年の初場所で照ノ富士と優勝決定戦をして、琴櫻は負けている。過去の対戦も照ノ富士の6勝で、琴櫻は勝ったことがない。照ノ富士にとって、こういう時が一番危ない。正面解説の音羽山親方(元横綱・鶴竜)も「(琴櫻は)負けてきた中で、何かを学んだのではないか」と話していた。案の定、琴櫻は照ノ富士に上手出し投げで勝ち、10勝をあげた。
◆あこがれの若隆景との初対戦 優勝決定戦となり、本割ではなかった照ノ富士の真っ赤な仁王顔が出た。隆の勝も眉を上げて最高に厳しい顔をしている。 隆の勝はもろ差しになったが、最後は実況の佐藤洋之アナウンサーが「横綱がつかまえたあ、かいなを返して、寄り切りい~」と美声で叫び、照ノ富士の勝利を伝えた。花道を帰る照ノ富士の後ろで、付け人が泣いていた。 私も泣いた。怪我と病気で大関から序二段まで陥落し、地獄を見てから這い上がって横綱になった照ノ富士の10回目の優勝。数々の熱戦が繰り広げられ、力士たちの涙と喜びの歴史がつまった愛知県体育館の最後にふさわしい優勝だった。 3賞は、殊勲賞は大の里(2回目)、敢闘賞は隆の勝(3回目)が獲得。力士がもらって一番嬉しいと言われる技能賞は、小結・平戸海が初めて受賞した。 今場所は、膝の大怪我から幕下まで陥落し、幕内に戻ってきた前頭14枚目・若隆景が技能相撲を取っていて、技能賞を獲得できなかったのが残念だった。 今場所、私が楽しみにしていたのが前頭11枚目・一山本と若隆景との対戦だった。一山本は若隆景の大ファンで若隆景の様々なグッズを集めて、YouTubeで紹介している。 一山本はあこがれの若隆景との初対戦であがってしまい、うまく相撲が取れないのではないかと心配した。12日目、一山本は上手投げで若隆景に堂々と勝った。一山本は土俵の上ではファン熱を抑え、冷静に闘える力士だと尊敬した。しかし、私は7月26日の『東京中日スポーツ』の大相撲欄を読んで、爆笑した。若隆景に勝った一山本の談話が掲載されていて、「どうしても懸賞が欲しかった。使わずに取っておく。他のファンは持っていないでしょう」とあった。一山本は力士の特権を使い、素晴らしものを手に入れたのである。
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