2024年、ウクライナの戦況はどう変わったか──ロシアは支配地域を拡大、ウクライナはクルスクの死守が至上命題に
<ドナルド・トランプが再びアメリカの大統領に就任する2025年1月20日を期限として、ロシアはドネツクの完全占領とクルスクの完全奪還を目指して猛攻を仕掛けている。トランプが停戦の圧力をかけてきたときに少しでも交渉を有利にするためだ>
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が進めるウクライナへの本格侵攻は、ロシアがウクライナ東部で支配地域を広げる一方、ウクライナによる越境攻撃でロシア西部に新たな前線が生まれた状態で、新年を迎えることになった。 【戦況マップ】2004年に前線はこう動いた プーチンが始めた戦争は来年2月4日には4年目に突入する。この1年で戦線がどう動いたかが、この戦争を終わらせるためのあらゆる交渉の前提となる。 折しも、4年目突入の1カ月程前の1月20日には、ドナルド・トランプ米次期大統領の就任式が行われる。トランプは、自分が大統領になったら、さっさとこの戦争を終わらせると豪語してきた。就任早々、交渉仲介に乗り出す可能性もあり、注目が集まっている。 この1年、苦戦を強いられてきたウクライナ軍の兵力は消耗し、ウクライナ東部のドンバス地方ではロシア軍が攻勢に出て、支配地域の拡大を加速させている。ウクライナ軍は、越境攻撃で獲得したロシア西部クルスク州の占領地域も切り崩されつつあるが、停戦交渉では、ここを抑えていることが切り札となるため、残る地域を死守しようと激しい抗戦を続けている。 切り崩されるクルスクの占領地 プーチンはトランプが就任する1月20日をクルスク州奪還の期限に設定。「ロシア軍はありとあらゆる方法でウクライナ軍の抵抗をつぶそうとしている」と、慈善団体「ウクライナのための希望」の創設者でCEOのYuriy Boyechkoは本誌に語った。 ロシアのアンドレイ・ベロウソフ国防相は12月16日、プーチンが2022年9月にロシアへの併合を宣言したウクライナの4州、ヘルソン、ザポリージャ、ルハンシク、ドネツクは2025年には完全にロシアの支配下に置かれると述べた。 その半年前の6月14日にプーチンは停戦交渉に応じる条件として、ウクライナ軍がこの4州から撤退し、NATO加盟を断念し、軍港セバストポリがあるクリミア半島をロシアの領土と認めることを挙げた。ベロウソフの発言はそれを再び強調した形だが、ウクライナはこれらの条件を一貫して拒否している。 ウクライナがクルスク州への越境攻撃に踏み切ったのは8月6日のこと。当初ロシア側の防御はもたついたが、その後北朝鮮の兵士を集中的に投入し、今ではウクライナ軍が占拠した地域のかなりの部分を奪還している。 「2024年のウクライナ軍の大規模攻撃はクルスク州への越境攻撃で、比較的短期間に1200平方キロを掌握した。だが今では当初の占領地域の半分以上を失っている」と、フィンランドの情報分析集団ブラック・バード・グープの軍事アナリストであるエミール・カステヘルミは本誌に話した。 東部戦線の中心はドネツク州 ウクライナ領内で最も大きく前線が動いたのは、ドネツク州の中部と南部だ。ロシア軍は激しい攻防戦の末、2月に同州の工業都市アウディーイウカを陥落させると、以後は着実に支配地域を広げた。 「6、7月頃から、この流れが顕著になり、ロシアが毎月のように支配地域を拡大するようになった」と、カステヘルミは言う。「ウクライナ軍は11月に最も多くの陣地を失った。12月には多少ましな状況になる見込みだ」 12月半ばにはロシア軍はドネツク州の要衝ポクロフスクまで数キロの地点まで迫った。プーチンはドネツク州全域の制圧を狙っているが、そのためにはポクロフスクの陥落が鍵を握る。 米シンクタンク・戦争研究所(ISW)によると、ロシアが支配下に置いたとみられるルハンシク州の支配地域は州境を越えて、ハルキウ州クピャンスクの南とドネツク州バフムートの西にまで及んでいる。 「だがルハンシク、ハルキウ両州におけるロシアの進軍は戦況をさほど大きく変えなかった。最も重要なのはドネツク州における戦闘だ」と、カステヘルミは言う。 ロシアは空爆後に地上部隊を投入 ロシア軍はドネツク州における夏の攻勢に加え、その北のハルキウ州にも再び軍を進め、南のザポリージャとヘルソン両州でも攻撃を仕掛けた。 ISWによると、ザポリージャ州でロシア軍が制圧したと主張している地域と、制圧が確認された地域はわずかしか拡大しておらず、とりわけマラトクマチカの南とマリウポリの北では、ウクライナ軍が孤立状態に追い込まれた地点は減っている。 「全体的に見ると、2024年は2023年より大きく戦況が動いたが、大半は8月から12月までの動きで、年の前半はおおむね膠着状態にあった」と、カステヘルミは総括する。 シカゴ大学ハリス公共政策大学院の教授で、反プーチンで知られるロシア生まれの政治経済学者コンスタンティン・ソニンによると、2023年末から2024年の初め頃までにロシアは、地上部隊を投入する前に、目標とする地域全体を空爆で徹底的にたたく戦法を取り始めたという。 気になるトランプの仲介案 「そのため2024年には徐々に進むロシア部隊が、瓦礫の山と化した地域を占領することになった」と、ソニンは本誌に語った。「機動戦は全く行われず、ただただ破壊あるのみだ」 何らかの交渉が始まる前に、少しでも多くの占領地を確保したいのは、ロシアもウクライナも同じだろうから、2025年の初めの数カ月が双方にとっての正念場となる。 トランプはスピード決着に持ち込むと豪語しているが、彼のチームが就任後の交渉仲介に向け、どんなプランを用意しているかは不明だし、それがプーチンとウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領にとって受け入れ可能なプランとなる保証もない。 ゼレンスキーは仏大衆紙ル・パリジャンのインタビューで、交渉の前提としての戦線の「凍結」には応じたくないと述べた。また、「ウクライナを犠牲にしてまで(交渉の)進展を急ぐことを私が望んでいないのは(トランプ次期米大統領も)承知している」とも語った。 「トランプ次期政権は停戦交渉の実現に向けて誠実に努力するだろう」と、ソニンは言う。「問題は彼らがプーチンよりもはるかにゼレンスキーに圧力をかけやすいことだ」
ブレンダン・コール 、ジョン・フェン