「10年間の暗闇から抜け出せた…」 高橋ジョージが語る、別れた「ひとり娘」との再会 「今では毎日、LINEを送っています」
「親権」について考えたこと
今年5月に民法改正案が成立した。従来の日本の民法の規定では、離婚後、子どもの親権は片親に限定されていた(単独親権)。しかし、これによって親権を持たない側の親が子どもと全く交流させてもらえないなどの「疎外」を受けたり、逆に養育費の支払いを拒否したりするなどの問題が表面化した。この改正では、夫婦が離婚後、子どもの親権を共同して持つことが可能になった。離婚後も、元夫婦は協力して子育てに当たるという道が大きく開けたのだ。 こうした動きを高橋はどう思っているのか。 「共同親権の道がスタートしたってことは、前よりはいいかなと思う。だけど施行まで2年もかかるのはおかしいと思いますよ。今日この日にも子どもと会えなくなっている人たちがたくさんいるはず。施行するまでの間に離婚を強いられ、子供と引き離される人も出てくるよね」 一方で、 「日本人は法律やルールを守る人たち。今回の法改正によって、日本人も共同親権の流れに向かって行くんじゃないですか。俺の体験を通じて、親権について本気で考えてくれる人が増えればよいなと思います」 実は高橋自身も、幼い頃に両親が離婚したという。 「相当きつかったですよ。俺は父親に引き取られたけど、友達に家に泊まるとか嘘ついて、時々母親のところへ行ったりしていました。家に帰ると、親父にバレたかなと思って1人でピリピリしたりして。逆に“会ってきたのか?”“元気そうだったか?”なんて言われていたら良かったな、と。たとえ夫婦が離婚したって、親子は親子だから。そういう親子の交流が出来ればいいなと思いますよ」
子どもに会えない別居親へのメッセージ
世の中には高橋のように、離婚後、子どもと会えない状態が長く続き、苦しむ人も数多くいる。10年待って交流が叶った高橋は、そうした親に対し、どんなメッセージを送るのか。 「毎日子どもに会いたいと思っていること。これが重要ですよね。そういう思いは、いつかどこかで子どもがキャッチするから。それから、会えた時のために常に準備をしておくことが大事だと思います。別居親が子どものことを思い出して感情的になるのはわかりますよ。残像を思い浮かべて泣いたり、配偶者を恨んだり。それもわかるけど、それだけでは駄目で、いざ、会った時のための準備をすれば、そうしたマイナスのエネルギーがそちらに向きますから」 高橋の場合は、どんな準備をしていたのか。 「いつ帰ってきてもいいように残された娘の服や持ち物をそのまま置いておきました。もし帰ってきたら見せようと思って。実際、娘はうちに来た時に、昔の服を見て懐かしがったりして。学校の制服を見て、“これは捨てられない”なんて言っていました。昔、3人で撮った写真があるのを見て、それをLINEで母親に送ってたりもしていましたよ。写真には俺も入っているのにね……。母親は“それでも送って”と言っていたみたいだけどね。また、毎年、誕生日の時に書いてパソコンに保存していた手紙を、印刷して渡しましたよ。“渡せなかったけど、これ10年分の手紙ね”と言ったらびっくりしてたね。“10年間も忘れた日はないよ”と言うのは簡単だけど、準備をしていたからこそ、“本当なんだ。私のことをずっと思い続けてくれたんだ”って信用してもらえたんだと思います。とにかく私はこの10年間、娘にもう会えないんじゃないかと思ったことは一度もありませんでした。きっと会えると思って準備を続けてきました」