顔見知りからの加害が多い性暴力。どのようなプロセスで加害行為は行われるのか【専門家インタビュー】
「性暴力」というと、「見知らぬ人から突然襲われる」というイメージが強かったものの、実際には、顔見知りからの加害行為が多いことが知られるようになってきました。顔見知りからの性暴力とはどのようなプロセスで行われるのでしょうか。「性的同意」という言葉も耳にするようになりましたが、「同意のある性行為」と「同意のない性行為」の違いとは。性暴力被害者心理に詳しい、上智大学総合人間科学部心理学科准教授の齋藤梓さんにお話を伺いました。 (※本記事には性暴力に関する具体的な記述が含まれます) 〈写真〉顔見知りからの加害が多い性暴力。どのようなプロセスで加害行為は行われるのか【専門家インタビュー】 ■実際には顔見知りからの加害が多い ――性暴力のイメージと、実際の性暴力はどのように違いますか? 性暴力は見知らぬ人から突然道端で襲われたり脅されたりするイメージを持たれることが多いです。実際の性暴力は、身体接触による性暴力は、公共交通機関での痴漢のように加害者が見知らぬ人の場合も多いものの、挿入を伴うような性暴力は日常生活の中で、よく知っている人から行われるケースが増えます。 顔見知りから加害行為が行われるとき、あからさまに暴力をふるったり脅したりすることは、実は少ないんです。巧妙に絡み取られるように、罠にはめられるように、逃げられない状況に追い込まれていくことがあることが、性暴力の研究からわかってきたことです。 ――罠にはめるようなプロセスで行われる性暴力を「エントラップメント型」と呼んでいらっしゃいます。 2020年刊行の『性暴力被害の実際 被害はどのように起き,どう回復するのか』(金剛出版)では、どういうプロセスで性暴力が起きていたかを、被害当事者の方にインタビューを重ねていきました。エントラップメント型の性暴力のプロセスは、大人の被害では比較的典型的とも言えます。 まず、加害者が被害者に対して、日常生活や会話の中で被害者をおとしめたり、自身を権威づけたりする言動をとって、上下関係が固定化します。そうすると、被害者は「この人に逆らってはいけない」「逆らうのは難しい」と精神的に追い込まれていくんです。 次に、物理的にも二人っきりの状況に追い込み、他人の目が届かない状況を作りだし、逃げ道をふさぐ。普通の会話をしていたり、別のことをしていたのに、突然、性的な発言や性的な接触をされて、びっくりし、かつ被害者が上下関係があるがゆえに抵抗できずにいる中で、性暴力が進んでいくことがよくあります。 ――具体的にどんな例がありますか? 上司や取引先のように、仕事上の力関係が上の人が裁量権があることを明言することはもちろん、社内の関係だけでなく、採用担当者と就活生、フリーランスとして働く人とクライアント、業界で影響力のある人や指導者的な地位にいる人、コミュニティの中のベテランと新人などでも見られることです。 インタビューでは、大学サークルの先輩後輩でエントラップメント型の性暴力があったことを語ってくれた方もいました。中学生や高校生でも、クラスで影響力の強い人がいて、その人に嫌われるとクラスに居づらくなるという力関係が利用されることも考えられます。 被害に遭った方の話を聞いていると「この人に逆らったら、この人の気分を害したら、そのコミュニティで自分が不利になるのではないか、仕事がうまくいかなくなるのでは、という感覚があった」と話す方は多いです。 加害者本人の言動だけでなく、周りの人の反応からも圧倒的な力関係が臭わされることもあります。そういったものから、抵抗しづらい・逆らってはいけない・場の和を乱してはいけないという空気を感じ取り、被害者が追い込まれることもあります。色々な場所のあらゆる規模のコミュニティで、そういった力関係は発生するものです。 ■「同意のある性交」とは ――同意のある性行為と同意のない性行為にはどのような違いがありますか? 性的同意に必要なものは、対等性・強制力が発生していないこと・一つ一つの行為にお互いの気持ちや同意が確認されることです。 普段から自分の意思や感情を相手から大切にされていないと感じる中で、性行為に関してだけ、自分の意思や感情を伝えるのはすごく難しいこと。なのでお互いの関係性の中で、普段からどこに食事に行くとか、どこに出かけるとか、色々なことでお互いに尊重し合うような関係性であると、性行為に関しても、同意するかしないか言いやすいでしょう。 つまり「同意のある性交」は、性行為だけでなく、たとえば生活の小さなことから大きなことまで、意思表示をしても、お互いの関係や自分の人生に不利益が生じないことがわかっているなど、お互いの関係が対等で、初めて性行為にも心から同意することができるのだと思います。 ゆえに、性暴力に関する報道があった際に「ホテルに行った」「二人きりになった」などの状況から「同意があったのだろう」と推測する人はいますが、これらは性的同意ではありません。同意は言葉などで明確に行うものだけではありませんが、キスの同意を得てキスをしたとしても、あくまでキスについての同意であって、性行為の同意ではありません。先に進むときには、お互いの気持ちを確認して進められると良いと思います。 ――『性暴力被害の実際』では、一見すると対等な関係でも、性暴力が発生することが書かれています。 上司や部下のように、社会的な上下関係はなく「一見すると対等」なのですが、実際は対等ではない関係性です。 たとえば、パートナー間で日常的にモラハラ言動が繰り返されていて対等ではない場合や、同年代の友人同士やサークルの同期のように、立場的には対等に見える人同士でも、一方的にバカにする言動が繰り返されていたり、コミュニティ内での力関係に差があることもあります。 あるいは、片方がずっと「一緒に遊ぼう」「家にあげて」と誘い続け、断ると露骨に落ち込む、不機嫌になるなど、相手に罪悪感を覚えさせ、それが蓄積されているような状況は、誘われた側は罪悪感から、だんだんと断ることが難しくなっていきます。 こうしたケースでは、被害者は被害当時は、自分の身に起きたことが性暴力であると認識していない場合も多く、後に性暴力だと気づく人もいますが、インタビューの際にも、望まない性交であったとは思っていても、性暴力とは思いきれないという人もいました。 ※後編に続きます。 【プロフィール】 齋藤梓(さいとう・あずさ) 上智大学総合人間科学部心理学科准教授。臨床心理士、公認心理師。 臨床心理士として精神科クリニックや感染症科(HIVカウンセラー)、小中学校(スクールカウンセラー)に勤務。また、東京医科歯科大学難治疾患研究所で技術補佐員としてPTSDの治療効果研究に携わり、公益社団法人被害者支援都民センターでは殺人や性暴力被害者等の犯罪被害者、遺族の精神的ケア、およびトラウマ焦点化認知行動療法に取り組む。 2020年性犯罪に関する刑事法検討会委員、2021年法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会委員。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ