メスだけでゴキブリが増えるのはなぜ? 昆虫たちの仁義なき繁殖戦略
では、なぜメス同士で集まると単為生殖が活発化するのでしょうか? そのヒントはゴキブリに近縁の社会性昆虫、シロアリの単為生殖にあります。 本来、シロアリは有性生殖を行います。生殖を担う女王と王のペアが子どもを産んで、働きアリや兵アリなどからなるコロニーをつくって巣を守ります。ですが、夫を見つけることができなかった新女王は苦肉の策として単為生殖によるコロニー(巣)をつくります。このとき、王の代わりに別の女王とペアとなり、「ダブル女王体制」を執る場合があることが知られています。
京都大学の松浦健二教授のグループは、シロアリの一種、ヤマトシロアリを使って、3つのコロニー体制、「女王-王体制」「シングル女王体制」「ダブル女王体制」がどの程度コロニーを健全に保てるかを調べました。すると、「シングル女王体制」は本来の体制である「女王-王体制」に比べて生き残り能力が明らかに低い一方、「ダブル女王体制」は「女王-王体制」に匹敵するほどの高い生き残り能力を示したのです。 これは、2匹の女王それぞれの子どもである働きアリがお互いに協力して衛生状態を高く保ったり、最初期のコロニーで女王アリの労働が軽減されたりすることが原因だと考えられています。今回の、「ゴキブリのメス同士が集まると単為生殖が促進される」現象は、シロアリの「ダブル女王体制」で見られたような協力行動の始まりを示しているのかもしれないと研究者らは考えています。 昆虫が有性生殖と単為生殖という2つの生殖戦略を巧みに切り替え、したたかに生き延びてゆく、というお話でした。この2つの戦略、より一般化すれば安全性と効率性、どちらを優先するかというジレンマは私たち人間社会、特にビジネスの世界にも当てはまるのではないでしょうか。昆虫たちから私たちが学ぶことはまだまだたくさんあるかもしれませんね。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 福井智一(ふくい・ともかず) 1977年、大阪府生まれ。専門は生物学。大学での研究員勤務の後、青年海外協力隊としてケニアで野生生物保護に従事。その後野生動物写真家としての活動などを経て、2015年より現職。趣味はブラジリアン柔術