「私の中の平野レミさん」が私を救ってくれている ジェーン・スー×桜林直子「生きづらさの正体」
それを見て、カウンセラーが言いました。 「この人(私)、可哀相ですよね」と。なるほど、この人(私)たしかに可哀相な状況に置かれている。なんとかしなくちゃと、そのときしっかり思いました。このままここにいても、事態が自然に改善することはないと確信したのです。 それで、いびつな形で存続していた親子関係の距離を取り直し、維持にお金がかかりすぎる実家を手放すという決断をしました。かなりハードな出来事でしたが、あのときああしてなかったら、今頃どうなっていたことか。
■この場所にいたらダメになる この場所にいたらダメになる。そうわかったときには、自分を責めることなく脱出が一番です。そう簡単には脱出できない、そこから動けないというケースもあるかと思います。 すぐには脱出できなくても、絶対にあきらめないことが大切です。会社のパワハラやパートナーのモラハラなど、今すぐには動けなくても、いつか動ける日のために準備を進めましょう。 パワハラやモラハラを長期間にわたって真っ正面から受け止めてしまうと、自己評価が下がるだけでは終わらず、怒りが溜まることがあります。
真っ正面からの反撃はできないから、受動的攻撃(パッシブ・アグレッシブ)というかたちで出てくることもあります。これを始めてしまうと、周囲から応援してくれる人がいなくなります。 小学生の頃、父親から「お前は暗い」と一蹴されたことがあります。 当時の私は怒られたり嫌なことがあったりすると、うじうじした姿をわざわざ親に見せつけて、あなたが私をこんな目にあわせたとパッシブ・アグレッシブな態度をとっていました。
正当に怒って言っても通じない、勝てない、言い負かされる相手に対する私なりの攻撃だったとは思いますが、これをやっていたらダメだと自分でもどこかでわかっていました。 サッカーボールを蹴っ飛ばすかのように父親から飛び出た「お前暗いんだよ」の一言が荒療治となって効きました。基本的にムカつく親にも感謝するポイントがあるので物事は複雑になりますが、それはそれと切り分けて考えています。
ジェーン・スー :作詞家、コラムニスト/桜林 直子 :作家