NHK大河『光る君へ』道隆死す。井浦新にしかこの“独裁者”を演じられないと言い切れるワケ
つややかな視線をたぐるカメラ移動
994年に内大臣まで出世させた息子・藤原伊周(三浦翔平)を溺愛するあまり、目が曇ったか。かつての可愛い弟の助言は届かない。 それどころか、中宮大夫の職の職責が不十分だと指摘し、道長の顎に扇子をあてて「さがれ」と一言。 にしてもその距離が近い……。田中圭主演の『おっさんずラブ-リターンズ-』(テレビ朝日、2024年)では、井浦と三浦翔平がラブダイナマイトなカップル役を熱演しただけに、やたらと色っぽく写る。第11回、伊周が初登場する場面でもそうだった。 安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)に伊周を紹介するとき、道隆役の井浦のつややかな視線をたぐるようにカメラが上手に移動し、元服まもない若貴族を35歳の三浦翔平が演じるという荒業に結びつけた。
人工楽園の幻想
『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』冒頭、自宅で歓談する三島が、「軍人として鍛え直そうと思ってるんだ」という印象的な台詞がある。 最終的に自決を遂げた人の、その笑顔が対照的に晴れやかだったことを井浦の演技がふるわせていた。 平安時代の東国では、その後の源頼朝に続く源氏が、武芸に優れた軍人貴族と呼ばれていた。道長は軍人貴族をうまく使って東国を統治するのだが、道隆は武人のイメージからはあまりに遠い。 軍人でも武人でもない道隆を演じるのならば、この際、人工楽園ともいえる平安京の中で、風雅な佇まいを徹底的に極めてやろう。昼から酒を飲む盃の上下、日差しに目を細める刹那の瞬間さえ、雅に。 疫病で疲弊する都内を道隆が通過する場面があるが、牛車に揺られ、ちょっと隙間から見るだけ。中関白家が支配するこの人工楽園で、こんなけがれの風景が広がるはずないという幻想に道隆は取り憑かれていたのかもしれない。
段田安則から引き継いだ色っぽさ
幻想はやがて狂気に変わる。でも狂気に変わる直前はことのほか、美しい。とでもいいたげ。 それもそのはず。井浦扮する道隆が全編を通じて体現する色っぽさは、道隆の父である兼家を演じた段田安則から役柄を超えて引き継いだものだからだ。 となるとこれは責任重大。誰よりもつやっぽく、色っぽくいる必要がある。大河ドラマ史上初の本格的な平安時代ともなると、イケてる男性貴族たちがひしめく。 その中でひときわ色つやともに抜きん出ていたのが、若いイケメンではなく、むしろイケオジ代表の段田だった。 その後、息子・道長の代に摂関政治の全盛期を迎える礎を用意したのが、兼家。威厳ある佇まいを体現する段田をに対して、カメラが他の俳優よりも明らかに色っぽく写るようにワンショットを抜く。 兼家のあと、関白になった道隆を演じる井浦は、段田の余韻をまといながら、独自の風雅を発している。 大の酒好きで、冗談で周囲を笑わせてばかりいたらしい。清少納言は、『枕草子』の中で、笑い過ぎて「あやうく打橋から落ちるほどであった」(田中澄江現代語訳)と書いている。