四半世紀前の国立決勝を戦ったキャプテンが母校を率いて聖地に帰還。帝京・藤倉寛監督が実感した「勝負強さ」という名の伝統
[12.28 選手権開幕戦 帝京高 2-1 京都橘高 国立] 自分が試合に勝たせたとか、自分が全国に連れてきたとか、そういうことを言う人ではまったくない。いつだって謙虚に、目立たず、選手たちのことを、チームのことを、一番に考えている。 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 「もちろんいろいろな想いもありますけど、やっぱり自分が積み上げてきたものではなくて、日比先生(日比威・前監督/現・順天堂大監督)が積み上げてきたもので、ここまで連れてきてもらった感じが強いので、そういった意味では今までご苦労された先生方がいっぱいいて、今日のベンチに座らせてもらったんだなという感じですよね」 自身もキャプテンとして選手権決勝の舞台に立っている、就任1年目の帝京高(東京B)の指揮官。藤倉寛監督が貫いてきたスタンスは、母校を率いる立場として四半世紀ぶりに帰ってきた国立競技場でも、何一つ変わらなかった。 「1試合を通して言えば、凄くハラハラするようなゲームだったなという感想ですけれども、いろいろな人たちの想いを背負って今日は来ていますので、何年ぶりに全国に出たとか、伝統のある学校を背負ってきたとか、そういうことをこの試合だけでコメントするのは凄く難しいなという1試合でした」。 試合後の会見場に現れた帝京の藤倉監督は、勝ったばかりの試合についての感想を問われ、こう言葉を紡ぐ。第103回高校選手権開幕戦。実に15年ぶりに冬の全国へ帰ってきたカナリア軍団は、京都橘高(京都)を2-1で振り切って、2回戦へと駒を進めていた。 ゲームは開始直後の前半5分に、CKからDFラビーニ未蘭(3年)がヘディングを叩き込み、帝京が先制。以降はやや硬さも見られる中で、攻め込まれるシーンも作られながら、GK大橋藍(3年)やDF畑中叶空(3年)を中心に、相手の攻撃を丁寧に凌いでいく。 テクニカルエリアの指揮官は、自分が意外と冷静なことに気付いたという。「たとえばもっと緊張したりとか、もっと負けたらどうしようという感情も持つかなと思ったんですけど、先制点が早かったこともあってか、終始そういう感じにはならなかったですね」。 もともと選手権予選を前に、選手たちが必要以上にプレッシャーを感じさせないような言葉がけを施していた。「予選の初戦の試合前のミーティングで、藤倉先生からは『帝京の伝統もいろいろ感じると思うし、15年近く全国に出られていないというのはあるけど、勝つことや全国に出ることを“義務”だと思わず、自分たちが勝ちたいという“欲望”だけを試合にぶつければいい』と言われました」と明かすのはキャプテンの砂押大翔(3年)。このメッセージを胸に選手たちは目の前の試合に注力して戦い、全国切符を手繰り寄せていた。 この日の会見でも、藤倉監督はこう話している。「選手は伝統校だということとか、先輩たちが築き上げたものを、そこまで重く感じるような素振りとか言動はなく、ずっといい緊張感でやってきました」。みんなの合言葉は「『新しい帝京』を見せる」こと。今の自分たちにフォーカスする姿勢は、国立競技場のピッチ上でも何一つ変わらない。 終盤に差し掛かった後半33分に追い付かれても、選手たちはいたって冷静だった。「おそらく失点した後も声を掛けることすらもできないで、ゲームがスタートしたと思います。ただ、今年のチームは1年間総じて、そういった時にはキャプテンの砂押を中心に、チームがピッチ内で解決してきた場面を見てきましたし、劣勢の準備とか、残り5分でリードされるかもしれないといったところは、ゲームの前に話はしていたので、そういった部分では選手たちが落ち着いて対応していた印象でした」(藤倉監督)。 失点から2分後の35分。砂押が中盤でボールを奪い、前方へフィード。FW森田晃(3年)が丁寧に繋ぐと、途中交代でピッチに送り込まれたFW宮本周征(2年)が勝ち越しゴールを叩き込む。 「勝負強さというところが、我々の伝統だというのであれば、それは私も感じていて、残り5分、残り1分でも、相手を引っ繰り返してきた大先輩の映像は今でも残っていて、『今日は選手権だから、ドラマチックになるよ』と。選手権だし、国立だし、そうなっちゃうからというイメージで、そんな話をしたんですけど、まさにそれが見事にゴールにも繋がりましたね」(藤倉監督)。2-1。帝京は実に17年ぶりとなる選手権勝利を、逞しく手繰り寄せた。 1998年1月8日。第77回高校選手権決勝。藤倉監督は帝京のキャプテンとして、国立競技場のピッチに立っていた。相手は2年連続で対峙した東福岡。1点をリードされた後半に自ら同点ゴールを叩き込んだものの、試合は2-4で敗戦。日本一にはあと一歩で届かなかった。 その時以来、実に25年ぶりとなる聖地への帰還。ただ、実際に監督としてテクニカルエリアに立ってみると、なかなか実感は湧いてこなかったという。 「国立も変わっていましたし、やっぱりピッチの中でやっていたのと、ピッチの外では全然違っていて、選手たちが『うらやましいな』という感じでしたね。正直に言って当時のことをそこまで思い出せない感じもあって、20何年振りと言ってもらって、やっと『ああ、そうか』という感じになりました」。 「本来なら『決勝で負けて終わって幕が閉じたところから、ようやく今日で止まっていた針が進んだ』という感じのことを言えればいいんでしょうけど(笑)、実際のところを言うと、『やっと戻ってきました』という感情はそこまで湧いていないかなと思います」。 帝京を卒業後の藤倉監督は東京学芸大に進学し、JFLのソニー仙台FCでもプレー。2007年に現役を引退すると、高校時代のチームメイトでもあった豊島裕介監督と日野寛コーチと“3人4脚”で、大成高を都内有数の強豪校へと育て上げる。 母校へと帰ってきたのは昨年のこと。1年間のコーチを経て、今年から監督へと就任したこともあって、常にここまでチームの歴史を積み上げてきた方々への敬意が口を衝く。 ただ、もちろんこの歴史と伝統に彩られたチームを率いることに、重圧を感じていないはずがない。取材エリアに現れた藤倉監督から、ほんの少しだけ本音が漏れた。 「こんなところに40歳を超えて連れてきてもらえるなんて、ありがたいことですよね。数年前までそんな野望はまったくなかったので、改めて『自分の人生とちゃんと向き合わなきゃいけないんだな』と思ったことが、この結果に繋がって良かったなと思います」 戦いはまだまだ続いていく。再び国立に戻ってくるには3つの勝利が必要だが、もちろん指揮官も、選手たちも、貫いてきたスタンスは変わらない。 「彼らはこの1試合でも凄く成長したなと思います。あれだけ相手にセットプレーがあって、ロングスローがあって、いつもそれでやられていたのに、今日は1点で収まったんだなというところで言うと、歴代の帝京高校のOBの方たちも、大会を通して逞しくなっていく姿をいっぱい見てきましたので、そういった伝統に乗っかりたいなと、そこに片足を突っ込んだのかなと思います」(藤倉監督) 戦後最多タイとなる6度にわたって冬の日本一を手にしてきた伝統のカナリア軍団、復権へ。歴史を知る情熱の指揮官に率いられ、帝京がようやく選手権の舞台に帰ってきた。 (取材・文 土屋雅史)