ミキハウス・桜井「人生の厚み」出すために挑んだ社会人野球 異例の現役復帰は成功し2大大会に連続出場
誰もが驚いた決断を、ミキハウス・桜井俊貴投手(31)は満面に笑みをたたえながら振り返った。 「安定も大事なんですけど“これでいいのか?”と。どうせ1回きりの人生だから、人がやってないことをやるのもありかなって」 15年ドラフト1位で巨人に入団し、NPB通算110試合に登板した。昨年、戦力外通告を受けるとスカウトに就任。未経験だった社会人野球を観客席から見つめるにつけ、現役復帰への思いが次第に大きくなっていった。 「戦力外となって、どこのチームからも声がかからなかった時、もう普通にスカウトを頑張ろうという気持ちでした。ただ、スカウトの活動を通じて社会人野球というカテゴリーを経験する中で、いろんな方と接したり、いろんな選手を見ているうちに…。これを自分で経験させてもらう方が、人間として面白いかなと」 前身のミキハウスREDS元監督の藤岡重樹氏が桜井の母校でもある立命大OB会長を務めている縁をきっかけに、選手復帰の話が進んだ。「僕はそんなに悩まなかった」と回想するが、行く末を案じた周囲からは前例のない挑戦を思いとどまるべきだという声が大半を占めた。もちろん、桜井自身も周囲の反応に理解を示す。 「1年も空いて、しかもジャイアンツを辞めるという。天秤にかけたら、普通の人は残るでしょう。でも、長い人生を考えたら“このままなら自分はつまらん人間やな”って。だから、外の世界を見たいという思いが上回りましたね」 自らととことん向き合った末の結論だったとはいえ、復帰への道のりは、順風満帆ではなかった。本格的な再始動は、昨年10月下旬のドラフト会議を終えスカウトの仕事が一段落してから。1年間のブランクは想像以上で、登板するたびに痛打を浴びた。 結果は出なかったが、現実から目を背けることはなかった。検証と反省を繰り返す日々。三重県伊賀市のグラウンドでは短・中距離を徹底して走り込んだ。時間の経過とともに、下半身主導の投球フォームが徐々に研ぎ澄まされていく。転機となったのは今年4月25日に行われたJABA京都大会・東芝戦。強豪を相手に8回を6安打2失点に封じた一戦で手応えをつかんだ。 「イメージとパフォーマンスがピタッとはまりました。それが積み重なっていったという点では、今年のベストピッチでした」 自身の感覚に狂いはなく、その後はエースとして奮闘を続けた。今夏の都市対抗近畿2次予選では2試合の完投勝利を含め計4試合に登板。4年連続の本戦出場に導くと、今秋の日本選手権近畿最終予選でも全4試合に登板し、19大会ぶり出場に大きく貢献した。本戦の1回戦・ENEOS戦では5安打完封で撃破。異例中の異例と言える現役復帰が、間違いではなかったことを自らの手で証明した。 「想像していた通り。みんな全力でやっていますし、個人というより会社を背負ってやっている。すごく面白い野球です。年齢的にはベテランと言われますが、初めてのことばかりなので、僕自身はそれを楽しみながら」 グラウンドを離れても、信念が揺らぐことはない。「人生の厚み」を出すべく、同社社員と積極的に交流をはかる。壮行会では誰とでも会話を交わし、社内遠足にも参加した。中国をはじめとする他国の人々と過ごす時間が何よりも新鮮な経験だ。「僕はほんまに武器のないつまらない人間なんで」。屈託のない笑顔は、マウンドでの鬼気迫る表情とは別人そのもの。誰もがそのギャップに魅せられるからこそ、ミキハウスの大応援団は不動のエースを「トシちゃん」と呼ぶのだろう。