老舗ブランド経営~日本の持続可能性に向けて
◇老舗の存続は、日本の持続可能性の問題である 4つ目は「商号と商標の管理」です。一定地域のみを商圏とする家業にてスタートした老舗企業も、現代においては、流通網や広告媒体が全国的に広がる中で、しっかりと商標を管理しなければ、使用権等の問題・紛争が生じかねません。 上記の地理的関係性や事業内容の転換等に対して、会社を識別するための商号と、商品・サービスを識別するための商標の体系をどのように適合させ、再設計を図るか。企業ブランドと商品ブランドを同一にするか、別々のまま管理していくか。あるいは別の選択肢があるのかも含めて考慮したほうがよいと考えます。 もともと家名であった商号を、主力の商標に統一する事例は、全国流通を達成した大手老舗を中心にしばしば見られます。例えば、1804年創業のMizkan(愛知県半田市)は一族経営の老舗として、創業者(中野又左衛門、四代目以降は中埜又左衛門)の名を歴代の当主が襲名していますが、時代のなかで社名を「中埜酢店」から「Mizkan」へ転換しました。 主力銘柄を社名にも使用するブランド政策はコミュニケーション上の効率が大きい一方で、主力銘柄のカテゴリーイメージに拘束されるため、地域内で多事業展開をするには不向きです。そのため、商号と商標を統一するかどうか、そのメリット、デメリットを総合的に判断する必要があります。 そして、最後となる5つ目が「家業と無形資産の継承」です。事業継承者の不在をどう乗り越えるか。あるいは、老舗の無形資産としての価値を存続、発展させる上でどのようにブランドを管理していくかという視点になります。 ファミリービジネスである強みの大部分は、経営理念や組織文化、従業員との関係、資本政策、危機管理の在り方等の無形資産にあります。そのメリットを最大限に生かす一方で、仮に、家族経営が途絶え、事業を売却することになったとしても、その価値を高めておくことは重要です。それまで口伝や伝承の形で止まっていた部分を形式知化し、その社会的文化的価値を第三者へ継承可能なものにすることが求められます。 日本には、食、工芸品、芸術、生活様式など、他国にはない固有の文化があります。そして、老舗の多くが日本固有の文化に関わる事業を展開しています。こうしたソフトパワーは、人口が減少し、量的な戦い方が難しくなる中で、日本経済においても最大の武器となりえます。 その意味において、老舗の存続の問題は一企業というより、日本社会の持続可能性の問題にも関わると言っても過言ありません。いわゆる物の国際競争では、中国あるいはインドに勝つことが難しい時代だからこそ、日本社会に根強い良品廉価の思想からの脱皮は必要です。商品・サービスを差別化し、より付加価値を取っていくためにも、日本全体で支えながら、老舗のブランドマネジメントをしていく必要があるのではないでしょうか。
首藤 明敏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)