老舗ブランド経営~日本の持続可能性に向けて
◇「老舗ブランド」をマネジメントする5つの論点 そもそも、老舗が持つブランド力とは何でしょうか。ブランドというのは欧米から来た概念で、もともと老舗が持っている「暖簾」、あるいは「屋号」や「銘柄」という言葉とは似ているようで異なります。 まず、老舗は、単に長寿というだけでなく、その伝統がもたらす格式や顧客が感じる信用といった意味合いを含んだ概念です。この認知や信頼の要素に比べて、ブランドにあたるところの識別性や差別性、消費者の愛着や自己表現といった意味合いは多くありません。 暖簾や銘柄も、老舗と同様に一流や信頼の証として機能していますが、暖簾は企業を、銘柄は商品を指すように、企業と商品を区別しないブランドと比べて、その使用範囲は限定的です。 私は、老舗とブランドを組み合わせて「老舗ブランド」と呼んでいます。ここでは「老舗=ブランド」として議論するのではなく、老舗というものが持つ歴史的背景や特性と、欧米から導入された現在のブランドの概念を分けて捉えた上で、老舗の持つ無形資産のマネジメントに焦点を当てて考察したいと思います。そしてそこには、5つのキーポイントがあると考えています。 1つ目は「歴史の発掘と編纂」です。老舗はそもそも、長寿であること自体がその正当性や由緒正しさを表しており、ブランドとしての強みになります。ゆえに、自分たちの歴史を発掘して、創業から現在に至るまでをストーリー化できているかどうかが鍵になります。 たとえば、創業年ひとつとっても、これを明確かつ効果的に表現しているかどうかで、顧客に与える印象は変わります。屋号とセットで表示するかは判断が分かれますが、会社の公式ウェブサイトや小冊子、商品やサービス案内に添える但し書き等に記載するという方法は、私が調査したほとんどの老舗企業で行われていました。 また、事業の歴史を網羅的かつ詳細に記載するよりも、創業者の苦労や中興の祖の存在、危機への対応などを物語仕立てにする方が読まれますし、効果的でしょう。そのためにも、伝承ストーリーの正当性を担保する過去帳や御朱印といった物証を確保が必要になります。 2つ目は「地域表示と発信」です。これは、どの地域で生まれたかという企業のオリジンを明確化することによって、他社との差別化を図るという視点になります。 もともと老舗には、近隣地域との関係を重視する企業が多いですが、成長を図る上では、日本全国や世界市場を視野に入れる必要が出てきます。また、コロナ禍等によって通信販売のウエイトも増しており、展開地域に応じた情報発信をいかに適切に行うかは喫緊の課題です。 仮に本社機能や工場等が創業の地から移転していても、出所地域の特性を武器にすることは可能です。たとえば、「資生堂」はいまや世界的なブランドですが、創業の地である「東京銀座資生堂」のオリジン表記は消していません。グローバル展開においても、創業地を何らかのストーリーに組み込むことは重要です。 3つ目は「事業内容転換への対応」です。老舗といえども、やはり絶えずイノベーションを起こさねば生き残れません。また、時代と共に訪れる事業内容の転換に対しては、自社の基本価値を維持しつつも市場の中で上手く位置取りを図る必要に迫られます。 実際にデータを見ると、多くの老舗企業は長い歴史の中で、商品やサービスだけでなく、主力事業の内容を変えています。そこで求められるのが、新たな用途開発、顧客開発等に応じたブランドのリポジショニングです。 有名な成功例が、日本酒の「獺祭」で知られる旭酒造(山口県岩国市)でしょう。1948年創業の同社は、長きにわたって副原料を用いた「旭富士」という普通酒を主力にしていましたが、これを地域に売るビジネスが危機を迎えたため、1990年、原料米に山田錦のみを使用した純米大吟醸酒の「獺祭」を考案しました。その後、本格的に全国展開へ打って出て、今や世界で愛される日本酒ブランドに成長しました。