意識をコンピュータにアップロードする手順を紹介しよう。カギは、生体脳半球と機械半球の意識の統合と、記憶の転送だ!
記憶の転送
第二段階では、生体脳半球から機械半球へと記憶を転送する。本段階は二つのセッションにわかれる。 最初のセッションでは、できるかぎりの記憶を思い出してほしい。目を瞑り、幼いころの情景を年代順に追ってもよい。アップロード後の世界にもっていきたい記憶は もう残っていないだろうか。 ただ思い出すだけで、生体脳半球に貯えられた記憶は機械半球へと転送されていく。今や、生体脳半球と機械半球にまたがるハイブリッドなあなたが、これといった変化を感じることはない。日常生活のなかで、何かめずらしい場面に遭遇したときと同じで、知らず知らずのうちに機械半球側に記憶が刻まれる。 ようやくその変化に気づくのは、機械のなかで覚醒し、呼び覚ました数々の記憶がきちんと想起できたときだ。 続く第二セッションは、もうすこしドラマティックだ。今度は一つのボタンを渡される。いざセッションがはじまると、まるで走馬灯のように昔の情景が次々と蘇る。下の妹の生まれた朝、父の手に支えられ、はじめて自転車に乗った日曜の昼下がり、団地のベランダに膨らませたビニールプール。長らく思い出すことのなかった、また、思い出すことのできなかった情景がフラッシュバックする。 ただ、なかにはデジタルなあの世に持ち込みたくない苦い記憶が蘇ってしまうこともあるだろう。そんなときは渡されたボタンを押せばいい。機械の海馬にストップがかかり、記憶の転送がキャンセルされる。
渡辺 正峰(東京大学大学院工学系研究科准教授)