取り調べ可視化法 「対象事件3%」より大きな問題点 元警視長が語る
冤罪防止を目的に、取り調べの可視化(録音・録画)を柱とする刑事訴訟法などの改正案が5月24日、国会で成立した。ただ、可視化の対象は全事件の3%未満の裁判員裁判事件と検察の独自捜査事件に限られた一方、捜査側は新たな「武器」として司法取引と通信傍受の拡大を手にすることに。新制度によって果たして冤罪は防ぐことができるのか――。改正法を審議する参院法務委員会に4月末、参考人として招かれ意見を述べた元北海道警最高幹部の原田宏二氏に問題点を聞いた。(フリー記者・本間誠也) ◇ 【写真】なぜ「司法取引」制度の導入案が浮上してきたのか?
「可視化の対象が全事件の3%程度の裁判員裁判事件などに限定されましたが、その論議自体が私からすれば見当違いなんです」。道警裏金問題を内部告発した元警視長で、「警察捜査の正体」(講談社現代新書)などを著した原田さんは指摘する。 「私の試算では、任意を含めて警察が検挙した事件(刑法犯・特別法犯)の被疑者のうち、裁判員裁判事件の被疑者が占める割合は0.36%に過ぎません。実態として0.4%足らずの可視化をもって、冤罪につながる不当な取り調べを抑止できるとは到底思えない。自白偏重主義は変わらない」と強調した。
自白の任意性の“証拠”となったビデオ
録音・録画の義務化の範囲が極めて限定されたことの弊害は大きく、「公選法違反で13人が起訴された鹿児島・志布志事件(2003年)や、婦女暴行未遂などで男性が逮捕・起訴された富山・氷見事件(2002年)は、今回の制度改革のきっかけとなった冤罪事件の一つ。にもかかわらず、改正法では可視化義務の対象外となってしまう」と批判する。 さらに可視化が制限されたことは、殺人事件などの捜査で頻繁に行われる別件逮捕の際にも影響を及ぼすという。原田さんはその典型例として、女児を殺害したとして今年3月に無期懲役判決が出された栃木・今市事件を挙げる。公判で被告は起訴内容を否認するものの、検察側が試行的に導入し、証拠として提出した自白を供述するビデオ映像が有罪判決の「決め手」とされた。 「事件発生から8年を経て被告は2013年に逮捕されます。ただ、当初の容疑は商標法違反なんです。それも母親の手伝いで偽ブランド品を運んだだけ。殺人について最初に自白したとされるのは、この事件の起訴後の勾留中だったんです。裁判に提出されたビデオ映像は殺人容疑で再逮捕された後、検察段階での供述場面です。長期間身柄を拘束して自白に追い込み、捜査側が都合のいいところを切り取って証拠とした可能性は否定できません」 物的証拠がない中、裁判員らは事実上この映像から「自白の任意性」に加え、事実認定についても判断する形で無期懲役判決を下した。ある裁判員は「あのビデオがなければ分からなかった。判断できなかった」と振り返ったという。