取り調べ可視化法 「対象事件3%」より大きな問題点 元警視長が語る
可視化は「逮捕後から」がはらむ問題
可視化対象事件であっても、取り調べの録音・録画が始まるのは「逮捕後から」という運用内容は大きな問題をはらむ。警察生活の大半を刑事畑で過ごし、捜査現場を熟知する原田さんは、志布志事件や氷見事件、誤ったDNA鑑定によって菅家利和さんが逮捕された足利事件(1990年)、証拠改ざんなどによって村木厚子さんが逮捕された厚生省郵便不正事件(2009年)などの冤罪事件に強い関心を抱いてきた。 「ほとんどの冤罪事件はまず『任意同行』という名の事実上の強制連行から始まります。そして密室の中で任意の取り調べが始まります。これは通称『叩き割り』と呼ばれる違法な取り調べです。供述拒否権を告げなかったり、便宜供与を約束したり、威嚇めいた強圧的な取り調べもあるでしょう。否認したとしても次の日もまた次の日も『任同』を求められ、朝から晩まで任意と称する取り調べです。改正法では任意の取り調べは一切録画しなくていいことになっているんです 」 「別件逮捕での勾留中の取り調べはもちろんですが、任意であっても連日の『叩き割り』で思考能力も体力も落ちて抵抗をあきらめた段階で捜査側のストーリーに沿った自白を強いられ、逮捕された時点から部分的な可視化が始まってもどんな意味があるのでしょう。取調官が多少の心理的影響を受ける程度のものです」 制度改革の最大の引き金となった厚生省郵便不正事件では、任意の参考人聴取を受けた同省職員5人が村木さんが犯罪に関与したという虚偽の供述調書にサインしていた。「一つの事件の捜査は容疑者だけでなく、多くの参考人の証言などによって構成されます。厚労省事件で分かるように、虚偽の供述を迫られた参考人が個人的な理由などで捜査員に屈してしまえば、いくら村木さん本人が否認しようとも逮捕されてしまう。被疑者のみでなく、可視化によるチェックを参考人調べにまで広げないと実態として意味を成しません」
「冤罪を繰り返さない」が目的だったが
冤罪事件を繰り返さないために――。制度改革の主目的はこのテーマだったはずが、可視化の範囲は不十分すぎる一方で、改正法にはいつの間にか司法取引や通信傍受の拡大が盛り込まれていた。 「(取り調べ)可視化をやるんだったら、米国の司法取引のような対抗手段を手にしなければ現場が黙っていない」。2004年、当時の司法制度改革推進本部の各分会が裁判院裁判の導入に加え、可視化についても議論していた際、法務省幹部はこうした本音を筆者の取材に明かしていた。 新たに捜査側が手に入れた司法取引とは、容疑者らが共犯者らの犯罪に関して供述・証言すれば刑の軽減が受けられる制度のこと。また通信傍受の拡大によって従来4種類だった傍受対象の犯罪は、集団的な窃盗や詐欺など9種類に増えるとともに、傍受時に通信事業者の立ち合いは不要になり警察施設内で行えるようになった。 捜査側の権限強化ともいえる二つの制度について、原田さんは「司法取引に関しては、こんなことは捜査の現場では昔から当たり前でした。『平成の刀狩り』のようなことを大っぴらに繰り返すのかと言いたいですね」と異議を唱える。 「平成の刀狩り」とは1990年代の初め、警察庁が拳銃の押収実績アップを目的に都道府県警に指示した一大捜査だった。目標を完遂するため、銃刀法を改正して拳銃を警察に差し出した者には刑の減免措置が与えられた。