『宙わたる教室』が驚きの速さでドラマ化&絶賛された理由 格差社会をどう生きるか
『宙わたる教室』の登場人物に共通する“ままならなさ”
本作の舞台になっているのは、東京・新宿にある定時制高校。そこには読み書きが困難なディスレクシアという学習障害があり、周りからさんざん馬鹿にされてきた不良生徒の岳人(小林虎之介)、教師になりたいという夢を持ちながらも、家計を支えるために16歳のときから働いていたアンジェラ(ガウ)、若い時に通えなかった高校で学び直そうとした矢先、病気で断念せざるを得なかった妻に代わって勉強する76歳の長嶺(イッセー尾形)、朝に活動できない起立性調節障害を抱えているが、その苦しみを家族にすら理解してもらえない佳純(伊東蒼)が通っている。彼らは年齢も抱える事情も異なるが、共通しているのは自分の力ではどうすることもできない悔しさを味わった経験があるという点だ。 自分の境遇を呪ったことも、他人を妬ましく思うこともあっただろう。だけど、決して歩みは止めなかった。定時制高校自体が一つのリスタートの場でもあり、ここにきた時点で大きな一歩を踏み出している。そこには、ごくわずかでも希望はあったはず。でもまた現実という壁にぶつかり、心が折れそうな時に出会ったのが、理科教師の藤竹(窪田正孝)だ。彼らは藤竹の導きにより、科学で人生を切り開いていく。だけど、科学を自分の価値を高めたり、他人を蹴落としたりするために利用しているわけじゃない。ただ、楽しいから。「空はなぜ青いのか」「積乱雲の発生条件は?」という純粋な疑問の答えを、頭と手を動かしながら導き出した時の高揚感。それを誰かと共有する喜び。そういうものが人を生かし、成長させるのだと本作は教えてくれる。 一方で、彼らのこれまで歩んできた道のりや出会いも肯定されているのが何より嬉しい。藤竹が岳人にディスレクシアの可能性を告げた時、彼は「何年無駄にした?」「今さらそんなこと言われて……どうしろっつんだよ」と激昂した。たしかに、もっと早くに分かっていたら、違う道があったかもしれない。ディスレクシアに配慮した学校や教材もある。だけど、きっと岳人の場合はそこにたどり着く前に、自分を不良品と思い込み、色んなことを諦めてきただろう。知らなかったから、読み書きに困難があっても必死に食らいついて勉強を続けてこれたとも言える。その力は実験でも発揮されてきた。だから、全然無駄なんかじゃない。同じように、他の3人が経験してきた苦い思い出や出会ってきた人たちの中にも、一つとして意味のないものはなく、すべてが糧になっていることに観ている私たちも励まされる。 このドラマは、あらゆる立場に置かれた人たちに希望と勇気を与える作品であることに間違いない。だけど、その上で岳人たち科学部が「定時制高校の参加は前例がない」という理由で科学コンクールへの出場を拒否されたように、どんなに頑張っても学歴や経歴だけで弾き出されてしまう現実もあって、社会の側も変わらなくてはならないということがしっかりと描かれているところが誠実に感じる。 12月10日放送の最終回では、「科学の前ではみんな平等」という藤竹の仮説を証明するために、火星クレーターの再現実験で科学部が学会発表に臨む。NHKの公式YouTubeチャンネルで公開された「これまでの科学部の軌跡をまとめたスペシャルダイジェストと予告映像」のラストでは、岳人が「いくか」と佳純に声をかけた後、ステージに向かう2人の姿が映し出されていた。たくさんの人の前に立った岳人と佳純は、それを客席から見ているであろう藤竹やアンジェラ、長嶺はどんな表情をしているのだろうか。想像しただけでも、涙が出てくる。
苫とり子