毒グモの脅威は「害虫のように扱われる人間の象徴」『スパイダー/増殖』新鋭監督が語る、作品に込めた想い
フランスで27万人を動員するヒットを飛ばし、過去20年の自国製ホラーでは最大の興行成績を収めた『スパイダー/増殖』(公開中)。世界にも評判を広げてきたこの注目作が、日本上陸を果たした。毒グモの脅威にさらされたアパートの若き住民たちは、生きてここから出られるのか?このスリリングなドラマを演出したのが、34歳の新鋭セヴァスチャン・ヴァニセック監督。いまやハリウッドも注目する存在である彼が、PRESS HORRORのインタビューで長編デビュー作に込めた想いを語った。 【写真を見る】毒グモが大量増殖!逃れられない恐怖が襲う… ■「毒グモも人間も、見た目で判断されるという点で近しいものがあります」 パリの団地で暮らすエキゾチックアニマル愛好家のカレブ(テオ・クリスティーヌ)はある日、珍しい毒グモを手に入れる。日々、スニーカーの転売で稼ぐカレブは、同じアパートに住むトゥマニから注文を受けたスニーカーを渡す。その直後、原因不明の死を遂げるトゥマニ。警察は謎のウィルスが発生していると判断し、建物は封鎖され住民たちは閉じ込められてしまう。その裏で、カレブの購入した毒グモが脱走し、猛スピードで繁殖しはじめていた。 舞台はパリ郊外のバンリューと呼ばれる労働者階級の街。低所得者や移民が暮らす治安のよくない場所でもあり、『憎しみ』(95)などの社会性の濃い作品でしばしば題材として扱われている。そこに毒グモという害虫を放り込むというアイデアに、ヴァニセック監督はまず魅了された。「クモは見かけで怖いとか、気持ち悪いとか言われがちです。一方で、人間も肌の色や話し方で判断されることがある。この街の住人のようにね。本作のクモは害虫のように扱われる人間の象徴なんです」。 しかし、実際にバンリューで育った監督は社会性をことさら強調するつもりはなかった。さらに言えば治安が悪いとはいえ、バンリューにはネガティブなことばかりではなく、どこのコミュニティにも存在する、人と人のつながりもある。それらを踏まえて、彼はエンタテインメントとして本作を撮った。「この映画は僕の身近にある、ありとあらゆるものを詰め込んだ作品ともいえます。友人と一緒にこの映画を観て怖がったり、泣いたり、笑ったりして欲しいし、できれば大人数で楽しんで欲しいです」と彼は語る。 毒グモからのサバイバルを強いられる住民たちが住んでいるのは、ピカソ・アリーナと呼ばれる実在のアパート。独特の外観を持つ建物で、ヴァニセック監督は短編映画でもこのアパートを映像に収めてきた。「僕はこの近くで育ったし、多くの友人たちはまさにピカソ・アリーナに住んでいました。ドラム型の円形が特徴的な建物なので地元民はカマンベールと呼んでいます。思い入れがある場所だし、自分が育った環境を描くなら、ここしかないと思いました。しかも、とてもフォトジェニックです。ここを舞台にできたことが、僕には誇らしいです」。バンリューの生活の生々しい描写には、そんな彼のこだわりが反映されているのだ。 ■「僕自身は、動物を飼うならできるたけ自由にしてあげたいと思っています」 物語が進むほど、繁殖した毒グモがあふれ、ゾッとするような局面が増えてくる。スタッフは200匹のクモを用意して撮影に臨んだ。「僕らはまず、クモの専門家に話を聞き、クモを撮影に使うためのノウハウを学びました。クモの特性や扱い、危険、怖がらせないための方法について話を聞いたんです。クモはとても疲れやすい動物なので、一匹一匹を大事に扱いながら、撮影を進めていきました。CGのクモのショットは劇中では70ほどあったと思います。撮影にはプラスチックで作ったクモの模型も使用しました」。 主人公カレブは希少小動物のコレクターで、クモ以外にもさまざまな生き物を飼っているが、これは監督自身をモデルにしているようだ。「僕はとにかく動物が好きで。大小を問わず、生き物は好きです」と彼は言う。「どんな生き物を育てるにしても知識が要るし、愛情も必要です。カレブは動物に対して愛情はあるが、家で飼うとなるとどうしても制限された空間に閉じ込めておかなければいけない。僕自身は、動物を飼うならできるたけ自由にしてあげたいと思っていますが、それは少ならずカレブも感じていることだと思うんです」。この言葉からもわかるように、本作はクモをヴィランとして描いているわけではない。人間と同じ、自然界の生き物としてとらえられているのだ。 クモが増えるとともに、ピカソ・アリーナ内の天井はクモの巣で覆われていく。「本物のピカソ・アリーナにはいまも人が住んでいるので、そこですべてを撮影するのは不可能でした」とヴァニセックは語る。「建物の内部はほとんどセット撮影です。セットをつくったおかげでリハーサルを念入りに行なえたのはよかったですね。クモの巣は美術スタッフと一緒に作っていきました。作り方は3段階で、まず糊のような素材で糸をつくり、それを張る。次に、そのうえに綿を乗せる。最後に埃をかぶせ、煙のような雰囲気を出す。それだけだと白すぎてリアルに見えなかったので、薄いグレーや黄色の着色を施した。とにかく美術班と試行錯誤を重ねたんです。クモの巣がリアルに見えないことには、この映画は成り立たないですからね」。 ■「生きるか死ぬか、サバイバルを主題にした映画が大好きです」 フランスのホラー映画の市場は決して大きくない。しかし本作のヒットもそうだが、状況は確実に変わってきているという。「フランスにはホラーを純粋にエンタテインメントとして楽しむ土壌がないんです。ホラーというと文化的にも教養的にも劣るものとみる層がいて、作家主義的な作品や歴史映画が高貴で格上にみられている。それでもジュリー・デュクルノーが『TITANE/チタン』で国際的な評価を得ました。『スパイダー/増殖』のヒットもその流れに少しは貢献できたと思います。僕らの世代のフィルムメーカーが『多様性こそが高貴である』と主張できる、そういう空気が醸成されているように感じています」。今後フランスからホラーブームの波が到来するかもしれない!? そんなヴァニセック監督に、好きな映画について尋ねてみた。「当然、ホラーは好きです。ただ、ジャンルに縛られずに多くの映画を観るように心がけています。好みという点では、サバイバルを主題にした映画は大好きですね。生きるか死ぬか、そういう線上を人間が歩いている作品には緊張感があるし、力強いですしね」とのこと。なるほど、『スパイダー/増殖』にも、確かにそんな要素は息づいている。また、あえて人生の1本を問うと、「一つ挙げるなら、リドリー・スコットの『グラディエーター』。いまでも一年に1、2回は見直すけれど、力強くて完璧な映画です」との答えが。スコット監督を敬愛しているという彼は本作を演出するうえでも、『エイリアン』(79)を参考にしたという。 『スパイダー/増殖』の世界的な好評を受け、ヴァニセックはハリウッド進出が決定。次回作としてサム・ライミの製作のもと、「死霊のはらわた」シリーズの新作を撮ることになっている。「ライミとはすでに何度もミーティングを重ねていますが、脚本に関しても作りに関しても、自由度が高く、僕の意見を尊重してくれます。『やりたいことをとことん、やってみなさい』という姿勢です。順調に進めば、2025年の春には撮影に入れると思います」とのことだ。現在の状況をチャンスととらえているというヴァニセック監督。今後の動向にも注目していきたい。 取材・文/相馬学