「読むたび胸に刺さる…」記憶に残る「古谷実作品」超強烈キャラの“ダメ人間”たち
■快楽殺人者の視点を掘り下げた問題作『ヒメアノ~ル』森田正一
ギャグ漫画家としてデビューした古谷氏だが、作品のダークさで読者に衝撃を与えたのが2008年から連載された『ヒメアノ~ル』。最後は同作の2人目の主人公である森田正一を振り返りたい。 同作は、平凡な主人公(岡田進)に美人の彼女(阿部ユカ)ができるという古谷氏鉄板の流れと、岡田の同級生であり快楽殺人にのめり込む殺人犯・森田正一の視点を同時に掘り下げるバイオレンススリラーだ。 岡田と森田は、ユカの務める喫茶店で再会する。岡田は話しかけるも、ユカのストーカーをしていた森田はその場を去ってしまう。岡田とユカが親密になる一方、ユカを狙いながら殺人を繰り返していく森田。 愛を手にして輝きだす岡田と闇を生きる森田という、一見まったく別の世界の二人が物語が交差していき、後半になるにつれ森田の内面がフォーカスされていく。 自分をいじめていたかつての同級生を手にかけて以来、森田はその快感と興奮に溺れていった。ユカを除き、殺人に理由などない。邪魔だから、首を絞めると最高に気持ちいいからといった恐ろしい理由で行き当たりばったりに殺すのだ。そして、殺人を犯し逃げるたびに自分の死をどこで決めるか、どこまでいけるか、そういったことを淡々と考えていく。 中学の時点で自分の異常さに気づいた森田は「もう本当に悔しくて…その場で死にたくなった…… 泣いちゃったよ……」と述べている。さらに殺す相手に「お前は病気だ」と言われた際にも、「たまたまオレの普通がみんなの普通と違っていただけ。運悪く普通じゃなくなった人もいっぱいいるのに」とも語っており、自分の猟奇性に絶望と葛藤を抱いている様子も見られた。 普通になりたいのになれない悲しみと苦痛は、一生終わることはないのだ。そんな森田の血に染まった人生は、ベンチで寝ているところを警察に見つかり涙を流す形で静かに終わりを迎える。『ヤンマガ』で『稲中』に出会い、古谷作品で大笑いした多くの読者は、同作での森田の描かれ方に衝撃を受けたはず。 古谷氏の作品は、良い意味でも悪い意味でも「普通じゃない」キャラが多い。ダークな漫画もギャグ漫画も、未読の人はチェックしてみてほしい。
さえきしの