「物価と賃金の好循環」に“悪い円安”が立ちはだかる 実質賃金の目減りを防ぐ円買い介入
■介入カードは重要 25年以降の賃金動向を占ってみる。以下のモデル分析によれば、22年まではデフレ下の慣行(賃金と物価が上がらないことを前提とする行動様式)が根強かったが、23年から24年にかけては賃金設定行動が明確に積極化しており、好循環の萌芽(ほうが)が確認できる。この流れを維持できれば、25年から26年にかけても高水準の賃上げ率が期待できるが、好循環が腰折れすれば、デフレ時代に逆戻りする可能性もあろう。 過去の春闘賃上げ率を追うと、前年度の生産性と物価の伸び、並びに失業率との相関が確認できる。ただ、日本で金融危機の最中にあった1998年を境に構造変化が生じている(図2)。すなわち、生産性、物価、雇用情勢により機動的に賃上げ率が動いていた時代(75~98年、インフレモデル)から、賃下げも賃上げも行われにくい時代(99~2023年、デフレモデル)への移行である。 これは、バブル崩壊と金融危機を経験した企業並びに労働組合が、雇用と給与水準の維持を優先した結果、不況時(生産性が低下し、失業率が上がる局面)でも賃金が下がりにくくなった一方、好況時でも上がりにくくなった様子を示している。 しかし、23年はデフレモデルの推計値からの明確な乖離(かいり)(推計値:3.0%、実績値:3.58%)がみられ、24年についてはインフレモデルに完全に回帰したようにみえる。インフレモデルを適用した24年の推計値は5.2%と、5%台の平均賃上げ率が予想される24年春闘の動向とおおむね整合的になっている。 このままインフレ経済を定着させるためには、賃金と物価の好循環が実現する必要があるが、1ドル=160円を超える過度な円安は実質賃金の目減りを通して好循環の芽を摘みかねない。 日銀の性急な利上げが経済に悪影響をもたらすことを踏まえれば、財務省が保持する介入カードは、転換期の日本経済にとって引き続き重要な意味を持つといえるだろう。
(吉川裕也〈きっかわ・ゆうや〉明治安田総合研究所エコノミスト)