【地方創生の現場】今、地方に何が必要か?50歳夫婦「東京にうんざり」愛媛移住で栗農家に!”ブランド化が全てじゃない”戦略の秘密
収穫作業ではなく「栗でも拾いに行くか」
この栗スイーツの材料となる栗を収穫しているのが北原さん夫婦だ。幸子さんは「まだ仕事を始めたばかりで大変だけど、なんのストレスもない。豊かでのんびりしてて、楽しい」と笑顔で話す。2人も、とにかく明るい。写真撮影ではポーズまでとってくれた。 地元の農業関係者によると、城川町の栗農家は高齢化が進み、70歳台が主戦力だという。近年は猛暑続きで草刈りがキツく、荒れた園地が増え続け、「このままだと産地としては、あと5年もたない」(栗の生産農家)。栗の収穫というより、「栗が落ちとるけん、拾いにでも行くか」(地元の農業関係者))というのが現状で、栗の集まりも年々、悪くなっているという。 栗の収穫は”拾う”のが基本だ。ミカンのように摘み取るのではない。当然、腰にこたえる。幸子さんも「腰はもちろん、体のあちこちが痛い」と話す。
栽培面積は40%減り、価格は26%上昇
西予市によると、令和に入った2019年から4年間で、栗の栽培面積は4割以上減り、去年は93.6ヘクタール。一方、販売単価は同年から毎年、じわじわ上昇し、去年は26%以上アップしたキロ当たり788.2円だった。全国的にもこの10年間で、栗の栽培面積、出荷量ともに約2割も減少(農林水産省資料)しているが、一方で値段はしっかりだという。 栗には、栗にしか出せない風味と甘さがあり、茹でたり焼いてそのまま食べても、また、餡に混ぜて和風にも、『飲むモンブラン』のように洋風にもアレンジできる。用途が多様で根強い人気がある一方、供給は減少傾向にあるのだ。 「栗はいけるんじゃないか」(株式会社「西の栗」関係者)。そう考える人がいても不思議ではない。
完全民間資本の株式会社で産地を守り、しっかり売る
城川町で「栗はいけるんじゃないか」と考えた人は、実は”東京の人”だった。 去年、城川町に新たに『株式会社 西の栗』が設立された。主に栗の生産、加工や販売を手掛ける他、荒れた園地の整備も行う。社長に就任したのは村田博史さん(42)。もとは”東京の人”だ。28歳で地域おこし協力隊員として城川町に赴任し、7年間を城川町で過ごした。一旦、東京に戻ってサラリーマン生活を送ったものの、5年ぶりに再び城川町に帰ってきた。 「普通に人生を送ってもつまらないから、ちょっと城川町に行ってみようかなと思った」(村田博史さん)。協力隊員になった動機を、真顔でこう語る。実際に城川町で家族とともに生活し、地元の人と触れ合い、地元の気候風土を体感する中で、栗の持つ可能性に気づいたのだ。 地元の栗農家で、取締役として『株式会社 西の栗』の経営に加わった中越健二さんは「栗は基本、足りていない」と話す。「餡やクリームなど和洋どちらの菓子にも人気がある」、さらに「ペーストにして売れば、原材料としての需要にも期待が持てる」と、栗を取り巻く環境を分析する。 特に戦略の柱に位置付けるのが、3番目の「ペースト」の需要だ。全国的に地域の名産品のブランド化を目指す例が多い。しかし『株式会社 城川ファクトリー』の社長でもある村田さんは「ブランド化が全てではない」と断言する。ペーストに加工して栗の消費量が増えれば、産地が活気づき、園地の再生につながるとの考えだ。 北原さん夫婦は今、この『株式会社 西の栗』が受け入れ、栗農家としてのイロハを学んでいる。