連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年10月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。 【画像】紹介された各作品の書影 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は十月刊の作品から。 ■野村ななみの一冊:貴志祐介『さかさ星』(KADOKAWA) 貴志祐介11年ぶりのホラーミステリ長編があまりに好みだった。Whoならぬ“Which” done itの謎解き小説である。メインは旧家で起きた惨劇の犯人探しだが、容疑者は屋敷に蒐集されたおぞましい来歴を持つ大量の呪物たち。元凶の呪物が特定できれば芋づる式に黒幕も明らかとなるため、主人公たちは山ほどある呪物を手がかりに真犯人(物?)へ迫る。呪術を軸に本格のロジックを展開する手法、アクションもののような終盤には圧倒されるし、徹底的に構築された世界に喝采した後はしっかり恐怖に襲われる。頁数と表紙を恐れず、ぜひ読んでほしい。 ■若林踏の一冊:月村了衛『虚の伽藍』(新潮社) バブル期の京都を舞台に若き僧侶・志方凌玄が「真の仏法」を護るために、裏社会との繋がりをも辞さぬ行為に手を染めていく。秀逸なのは主人公である凌玄の人物造形で、彼は心の底から仏道に身命を捧げる思いに溢れているが故に、時として社会の規範に背くような行いへと駆り立てられる。この捻じれた心の有り様に読者は興味を惹かれ、目的の為に突き進んでいく凌玄の姿にのめり込んでしまうはずだ。バブル期という設定も絶妙で、この時代でしか描くことの出来ない暗い昂揚感に満ちた光景が幾度となく現れ、異様な迫力をもたらす。 ■橋本輝幸の一冊:山口未桜『禁忌の子』(東京創元社) 救急医・武田が死亡を確認した身元不明の遺体。その顔は、彼自身とあまりにも似ていた。旧友で同僚の医師・城崎と共に謎を追いかけ、たどりついた先には衝撃の真相が待ち受けていた。第三十四回鮎川哲也賞受賞作。 人間の弱さが引き起こす陰惨な事件を描いているが、救いはある。弱さは欠点や悪だけではなく愛や思いやりの一側面にも見えるし、登場人物たちは主体的に行動して責任を負う。だから運命や偶然にもてあそばれた印象にはならない。いきなりの全力投球に驚かされるデビュー作で、著者が送り出す次なる事件が早くも楽しみだ。 ■千街晶之の一冊:山口未桜『禁忌の子』(東京創元社) 運び込まれてきた溺死体が、顔から体毛の生え方に至るまで自分そっくりだったことに衝撃を受けた救急医。だが、自分には兄弟がいたという記録は全く存在しない……鮎川哲也賞受賞作『禁忌の子』は、そんな飛び切りの不可解な謎で幕を開ける。もちろん、本格ミステリは謎が魅力的であればあるほど、解決篇もそれに釣り合う見事なものでなければならないが、本作はその期待を充分に満たしてくれる。フーダニットとしての意外性は抜群だし、結論に至るまでのロジックも納得度が高い。鮎川哲也賞の歴代受賞作の中でも上位に来る出来映えだ。 ■酒井貞道の一冊:浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』(光文社) 浅倉秋成が奇想作家としての才能を明らかにした。取引先担当者からハラスメントを受ける会社員、行列ができる店への嫌悪と興味に苛まれる主婦、花嫁が控室に籠った理由を当て推量する披露宴出席者、試合中に奇行に走ったプロ野球選手、第一子の命名に悩む父親。各篇の特異な設定や展開も面白いが、特筆すべきは心理描写だ。稠密にねちっこく描かれた各主役の心理に、誰もが密かに思っていそうな違和感、嫌悪、不安、妄想、利己という「裂け目」を設ける。作者はそこから人間心理を引き裂くのである。ミチミチと、音を立てて。傑作です。 ■藤田香織の一冊:吉永南央『時間の虹 紅雲町珈琲屋こよみ』(文藝春秋) シリーズものの第12弾を、しかも最終巻でもないのに紹介するのはいかがなものか、と思う気持ちはあるものの、それでも今月はこの一冊!と決めていた。主人公の草は、物語の舞台になっているコーヒーと和小物の店・小蔵屋をある日突然閉店し、誰にも行先を告げず姿を消した。なぜか。その大きな謎にまつわる時間の描き方が巧すぎる。年に一度のお楽しみとして心待ちにしていた多くの読者も?然とし、けれどお草さんらしいなと、短いため息を吐くだろう。今の世情が実に細かい配慮で物語に投影されていることにも唸る。吉永南央の凄みマシマシ! ■杉江松恋の一冊:貴志祐介『さかさ星』(KADOKAWA) 開巻早々、緊急事態に投げ込まれる。四人が惨殺され一人が行方不明となった一族の屋敷に霊能力者がやってくるという出だしなのだ。そこから怒涛の如く情報が押し寄せてくるのでその勢いに溺れそうになる。ちょっと待ってと言いたくなる。だがそれこそが作者の狙いで、気がつけば抜き差しならない事態の中に巻き込まれている。読者に待ったなしのスリルを味わわせるために設計された作品で、マウンドからホームまで距離を半分にして、しかも時速160kmの剛速球が飛んでくるような読み味だ。死球を食らわず結末まで辿り着けたら儲けものである。 ホラーあり、昭和を舞台とした犯罪小説あり、新人のデビュー作あり、ベテランのシリーズ作あり、奇想の短篇集あり、と今回もまんべんなく散らばった印象です。豊作の秋と言っていいのではないでしょうか。次月もお楽しみに。
杉江松恋、ほか