命を奪った“魔のカーブ”…「夫の最期の言葉を知りたい」。同僚の漫然運転が切り裂いた家族の未来 現金輸送車は崖下へ転落した〈法廷傍聴記〉
「事故前に、2人が交わした最期の会話は」。被告人質問で問われても、男の口からはっきりした答えは返ってこなかった。 運送会社で金融機関の現金輸送を担っていた50代の男は、自動車運転処罰法違反(過失運転致死)の罪に問われた。右カーブにさしかかったところで後続車に気を取られ中央分離帯に衝突した。慌てて左にハンドルを切り、12メートル崖下に転落。助手席にいた当時57歳の同僚の男性を死亡させた。 裁判の証拠調べで、事故の瞬間を捉えた後続車のドライブレコーダー映像が、男の目の前にあるパソコン画面に映し出される。「きゃっ」。傍聴席からは見えないものの、静まりかえった法廷に、後続車を運転する女性の声が響いた。 「高い所が苦手な夫が12メートルも落下する瞬間は、さぞかし怖かったと思います。恐怖や痛みを思うと耐えられない」。被害者参加制度を利用して出廷した男性の妻は、検察官側の席に座り、突然夫を亡くした悲痛な胸の内を語った。
現場は物損や人身事故が絶えない場所。男にとっては約17年間、一日に4、5回は運転する走り慣れた道だった。普段から気を付けていたといい、その日通ったのは3回目だった。 男は過失を問われ、「事故が多いという道路状況も影響していた」と主張した。検察官が「たまたま事故が多い場所だっただけで、原因は、あなたの行動(運転操作)にあるのではないか」と問うと、しばらく考え込んでから「自分の行動もある」と答えた。 事故から1年以上たった今も、男は毎週末、男性の供養のために神社を参拝しているという。しかし「遺族への計らい」を理由に、告別式で謝罪を述べたきり、遺族宅を訪れたことはなかった。「人一人の命を奪っているのに、誠意が感じられない」。妻は涙ながらに怒りをあらわにした。 「最期の言葉」についての質問は遺族たっての希望だった。遺族の代理人弁護士は「被害者と一緒だったのはあなただ。謝罪に来ないから家族は今でも最期の状況が分からない」と強い口調で迫った。男はしばらく沈黙し、「それは申し訳なかった」と消え入りそうな声で謝罪を口にした。
検察官は禁錮1年4月を求刑した。一方、代理人弁護士は「57歳の若さで人生を終えた。愛する夫、愛する父を突然失った遺族の悲しみは深い。謝罪に訪れない被告に対する処罰感情も極めて強い」などと陳述。法定刑の上限である懲役7年を裁判官に求めた。 約2週間後にあった判決公判で、男に禁錮1年4月執行猶予3年が言い渡された。代理人弁護士の主張とは大きくかけ離れていた。「懲役7年」の遺族の訴えをどう受け止めたのか。男は黙って判決を聞き入れていた。
南日本新聞 | 鹿児島
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