<インド その6~警官との応酬>高橋邦典
8年ほど前、インドを初めて訪れたときだった。コルカタの街の混沌さが好きで、カメラを肩に毎日歩き回った。中でも駅のまわりはお気に入りで、線路上で昼寝をしたり、早朝に枕木の上にまたがり排便をする人々など、僕の常識を破るような光景に魅了された。 この朝も日の出前の暗いうちに宿を出て、駅のまわりをうろつきながら写真を撮っていた。2時間近く経った頃だったか、警官に呼び止められた。駅の撮影は禁止されているという。派出所まで連れて行かれて、2人の警官にあれこれ尋問を受ける羽目になった。 「どこから来た?パスポートは?」「なんで駅の写真を撮っている?」「撮った写真を見せろ」
どうやら度々起こるテロ事件のせいで、駅や空港などの施設の撮影に敏感になっているらしい。挙句に、撮った画像をすべて消去せよと命じてきた。口調は穏やかだが、彼らの態度は確固で、従わなくては解放してもらえない雰囲気になってきた。カメラ機材は買い替えがきくが、撮った写真はそうはいかない。二度と同じシャッターチャンスは訪れることはないのだ。なんとしても死守せねば……。 僕はふと思い出した。カメラにはメモリーカードのスロットが2つついており、バックアップのカードにも画像が記録されていたことを……。肩越しにチェックする警官を横目に、バックアップ用カードの画像だけを消去し、僕はなんとかその場を乗り切った。 (取材・文・写真:高橋邦典、2008年11月撮影)