刑の一部猶予制度始まる 薬物依存の再発防止へダルク代表「つながり大事」
懲役・禁固刑の実刑期間の一部を猶予することができる「刑の一部執行猶予制度」が6月1日からスタートした。主な対象は再犯率が高い薬物使用者。服役期間を短くする代わりに、実社会での長期の保護観察などを通して再発防止につなげるのが狙いという。翌2日には早くも千葉地裁で新制度に基づく全国初の判決が言い渡された。新制度によって、これまでとどう変わるのか。支援体制をめぐる課題について日本ダルク代表に聞いた。(フリー記者・本間誠也)
刑期の一部を猶予し社会復帰の支援期間にあてる
「被告人を懲役2年、このうち6か月は保護観察付き執行猶予2年とする」――。 覚せい剤取締法違反の罪に問われた被告の女(37)に対し、千葉地裁は2日、こうした一部執行猶予判決を言い渡した。この一審判決が確定した場合、被告は従来なら刑務所で2年間服役するところ、2年マイナス6か月の「1年半」に短縮される代わりに、出所後は執行猶予期間の2年を終えるまで保護観察や治療、回復プログラムを受けながら更生を目指すことになる。 改正法施行前の5月末までは、この被告が刑期2年を満期で出所した際には保護観察などのフォローはなかった。新たな制度では実刑と執行猶予期間を合わせて3年半の間、立ち直りに向けた支援が受けられる。 制度の対象は、3年以下の懲役・禁固刑で初めて刑務所で服役する人や、服役より治療などのほうが再犯防止に有効とされる薬物事件で実刑判決を受けた人たち。関係者の話では、薬物以外に制度適用が検討される事件候補として、「窃盗症」(クレプトマニア)による犯罪などが挙がっているとされる。 刑の一部執行制度の猶予期間は1年から5年の範囲で各裁判所が事案に応じて判断するという。
家族や知人から見放され孤立感を深める出所者
「刑務所に入っても薬物依存者に良いことはほとんどないよ。孤立を深めるばかりか、かえって悪い人間関係ができてしまう。薬物依存は生涯にわたっての『病気』なんだから、外部での治療や回復支援を最優先すべきなんだ。その点で新制度は『一歩前進』と言えなくもない」。ざっくばらんな語り口でこう評価するのは、薬物依存からの回復を支援する「日本ダルク」(東京都新宿区)の近藤恒夫代表。ダルクは全国59か所に84施設を設ける国内最大の民間組織だ。 近藤代表の先の言葉を裏付けるように、犯罪白書によると、刑務所に満期服役した薬物依存者の約6割が5年以内に再犯で刑務所に戻っており、他の犯罪の再犯率より約10%も高い。 近藤代表は言う。「保護観察がつかない満期出所者の多くは、家族や友人・知人からも見放され、債務も抱えて入所前と同様に孤立感だけが深まるんだ。依存症の人は、同じような境遇の仲間や家族の支えがなければ、ほとんどが『病気』を再発させて刑務所に逆戻り。その点で満期前に社会に出て、実社会とつながりを持つきっかけの一つとして新制度が機能するという期待はある」 ただ、楽観もしていない。 裁判所は従来、罪の軽重や初犯か再犯かによって実刑の長さや執行猶予を付けるかを判断してきた。一部執行猶予制度では、薬物依存者の立ち直りへの意欲、家族を含む支援態勢に加え、保護観察中の治療・回復プログラムについて見通したうえで実刑期間を一部猶予するか否かを決めることになる。 「私が知る範囲では、新制度になっても裁判所は『あなたは薬物との親和性が高いのだから、猶予期間中はダルクのような施設で更生を目指しなさい』『あなたの依存度はこのレベルだからこうしたプログラムを薦める』といった被告の将来を見据えた具体的な指示を出したりはしないんだね」と近藤代表。 結局出所後は全国約80か所の保護観察所が受け皿となるものの、保護観察中に保護観察官や保護司らが見守った場合でも5年以内の再犯率は4割に達しているのが実情だ。全国の保護観察官約1000人のうち薬物依存に精通し、効果的な指導ができる人はごく少数に過ぎない。 「観察官は薬物依存者への支援に熱意がある人もいれば、そうではない人もいる。保護司を含めて1か月か、2週間に一度の面談やチェックでできることは限られている。観察期間には数年程度という期限があるけど、薬物依存はいつ再発するか分からない生涯の『病気』だから再犯40%というのは当たり前の数字なんだ」 行政側の内情を知る近藤代表はそう明かし、「保護観察所を含めて法務省は期間限定の『監視』から、長期目線での『フォローアップ』体制づくりに軸足を変えなければ」と訴える。