税理士「さすがに税務署から『安すぎる』と指摘されてしまいます」…会社を「1,000万円」で譲ろうとした70歳社長の“誤算”
事業承継にはたくさんの検討事項があり、進め方に迷う経営者が少なくありません。いずれもバランスよく進めることが望ましいですが、税理士法人プレアス・岡本啓司税理士、小池俊税理士は「まずは株式評価に取り組むことが効率的」とアドバイスします。一体なぜなのか? 事業承継の“失敗”事例とともに見ていきましょう。
(※本記事で紹介する事例はフィクションです。) 佐伯さん(仮名)は都内で製造業を営むY社を経営している。40歳でY社を立ち上げ、このたび創業30周年を迎えた。70歳となった今、体力的な衰えを感じ、引退を意識し始めた。「お客様と従業員には迷惑をかけずに退きたい」。そう思って事業承継に取り組んではみたものの、佐伯さんは今も社長として忙しい日々を送っている。
創業から30年、とにかく走り続けた佐伯さん
佐伯さんは高校卒業後、都内の製造業を営む会社に就職した。入社以来、技術畑であったが、管理職となって営業に出る機会が増えたことがきっかけで次第に「自分ですべてをやってみたい」と思うようになり、Y社を設立した。 起業から数年、経営は大変厳しかった。数名の従業員とともに目先の仕事をこなすことで精一杯だった。その後しばらくして軌道に乗り、本社兼工場を建設するまでに成長したものの、一度も後ろを振り返らずに走り続けた。事業承継なんて考えたことがなかった。
社長を交代しようにも親族内承継は断念、従業員承継を選択
佐伯さんには一人息子がいる。一流大学を卒業後、大手証券会社に就職。38歳となった今では管理職となり、さらに次のポストも視界に入っているのだという。やる気に満ち溢れた息子の姿を見ることは父として大変喜ばしい。一方で複雑な思いもある。佐伯さんは息子に「いつかY社に入って、自分の後を継いでほしい」と考えていたからだ。 ある日、佐伯さんは息子に後継者としてY社に入ってほしいと伝えた。すると息子からは「証券会社勤務を続けたい」との言葉が返ってきた。 その後説得を試みたが、息子の意思は変わらなかった。だからといって、お客様や従業員の雇用を守るために事業承継を諦めるわけにはいかない。しかし、社内を見渡しても技術職ばかりでとても「経営者」という雰囲気をもった社員はいない。佐伯さんはM&Aや廃業も含めて考え抜いた末、「最古参の上原(仮名)にお願いするしかない」という結論に至った。上原さんの返事は「お引き受けします」だった。 なんとか後継者候補が見つかった佐伯さん。「まずは人脈の引継ぎが大事」という思いから、上原さんを取締役に就任させるとともに、取引先や金融機関、経営者同士の会合の場に積極的に同席させた。その結果、社内外における上原さんの存在感は次第に増し、上原さんもこれまで以上にやる気を出して仕事に取り組んだ。 Y社の重要な意思決定についても徐々に権限委譲することができるようになり、いよいよ佐伯さんは社長交代を本格的に考え始めた。併せて、自らが所有しているY社株式の承継についても具体的に検討し始めた。