「兄は手榴弾で殺された」 来日したウクライナ人俳優が日本で訴えた最前線の危機
ロシアによるウクライナへの攻撃は、侵攻から2年半近く経過した今も続いている。首都キーウは7月に入ってからドローン攻撃を幾度も受けており、激戦地の南部ミコライウ市には7月19日にも住宅街にミサイルが撃ち込まれ多くの死傷者が出た。 【写真31枚】手作りクレープを売る「ウクライナ美人」 民族衣装を思わせる刺繍シャツ姿で 7月20日、ウクライナ東部の最前線で任務に当たっていたナザール・グラバーさん(31)が来日。反戦とウクライナ支援を訴えた。
最前線の土壕の中で
そのアピールが行われたのは、東京・渋谷区で行われた第1回ウクライナフェスティバル。毎週末のように開催される各国のフェスと似た風景だが、ステージに上がったナザールさんが放った第一声は、お祭りの雰囲気を一変させた。 「母国の音楽や食事など、今日のフェスは楽しい場になっている。でも僕は、これから違う話をしたい」 首都キーウで俳優として活動していたナザールさんの人生は、ロシアによる爆撃で一変する。一家でキーウ郊外に逃げたが、そこはすでにロシア兵に占拠され、残虐な行為が横行する街に変貌していた。家族を守るため兵士となる決断をした兄とともに、武器を取る道を選んだと言う。 侵攻から3カ月がたった2022年5月、兄弟は最前線の土壕の中にいた。 「ロシア兵に囲まれ僕はここで死ぬと覚悟した。怖がる僕に、兄は『心配するな。俺がお前を守る』と約束してくれ、その言葉通りになった。だが兄は、その年の12月に敵の手榴弾を受け、33歳で亡くなりました」
未来を担う世代の命が失われている
その後、ナザールさん自身も戦闘中に胸に銃弾を受けて戦線から離脱。ウクライナ支援を訴えるため、このフェスに参加したのだ。 「ウクライナでは毎日亡くなる人がいる。特に最前線で戦う20~30代。未来を担う世代の命がどんどん失われています。子ども世代にはそんな思いをさせたくないという思いから、兄の名を冠した子ども支援団体を立ち上げました」 イベントの途中、会場周辺をSPが取り囲む場面もあった。現れたのはセルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使(61)と、オデーサ出身の親族を持つラーム・エマニュエル駐日米国大使(64)。二人は固く握手をして、支援を呼びかけた。 会場のブースでワインを販売していた女性の思いも切実だった。 「戦争で多くの農場が失われ、ワインを飲む生活も失われた。ブドウ農家は窮地に陥っています。生産者を守るためにも、ウクライナのワインを飲んでほしい」
撮影・西村純 「週刊新潮」2024年8月1日号 掲載
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