<チェジュ航空旅客機事故>事故発生から5日後に遺族のもとへ…戻ってきた遺留品にまた涙
済州航空惨事の犠牲者の一部の遺留品が事故から5日後の2日午後、遺族のもとに戻ってきた。残酷な事故現場で犠牲者の最後の手が届いた物品が戻ってくると、務安(ムアン)国際空港は涙の海に変わった。 【写真】遺留品の捜索作業を行っている事故現場 子どもの親の集まりで旅行に出かけて犠牲になったAさん(45)の遺族は、あまり傷つかずよく作動する携帯電話やパスポート、通帳を受け取った。Aさんの遺族は「思ったより中身が壊れておらず驚いた」として「携帯電話の中の中高校生の甥たちが母親に送ったカカオトークを確認すれば(チャットルームの横1が消えて)驚くかと思って開いてみることもできずにいる」と話した。Aさんの夫は、妻を送る最後の道で、きれいな姿になりたくて悲しみを抑えて理髪店に行ってきたという。 油類品の引継ぎ手続きは同日昼12時ごろ始まった。旅行用カバンなどかさばる物品は大人2人が持つべき大きさの青いプラスチック箱に入れられた。パスポート・手帳・携帯電話のように比較的に小さな所持品は茶色の紙箱に入って渡された。 焦げて壊れたあるスーツケースには「キム〇〇」と書かれたピンク色のネームタグが貼られていた。名前を確認した遺族は「どうしよう、どうしよう」と嗚咽しながらテントの中に入った。 和順(ファスン)郡庁公務員犠牲者の一人であるBさん(42)の遺族は財布や身分証、燃え尽きた携帯電話を受け取った。Bさんの母親は「ああ、わが子、これを受け取ってどこに使うのか」と嘆いた。Bさんの妹は「渡された遺類品さえも火を消す過程に濡れたのか湿っぽかった」として「全部燃やして姉と一緒に送ろうと思っている」と話した。携帯電話なしでケース、パスポートだけを遺留品として受け取った犠牲者の遺族は「なぜ携帯電話はないのか、持って行ってしまったのか」とすすり泣いた。 警察は事故直前に「鳥がエンジンに入った」など事故の情況を盛り込んだ携帯電話の中のメッセージが出てきただけに、フォレンジックを進行中だ。中央事故収拾本部関係者は「所有者が確認された遺留品に限り遺族に返している」とし、「状態が良くなく、所有者が確認されない遺留品は職権で確認し、後日取りに行けるよう措置する」と話した。 この日の午後3時30分基準で犠牲者141人の所有と確認された202個の遺留品が遺族52人に渡された。残りの遺留品も早ければ明日までに順次遺族に引き渡される予定だ。事故収拾本部は犠牲者の遺留品と毀損された遺体の捜索範囲を衝突地点を越えて遊休敷地(2400平方メートル)まで広げた。